【A02】クジ引きはデンジャラス

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 合宿帰りのバスの中。
「青八木って無口すぎません? あと、表情なさすぎ。オレの影ですかってくらい存在感ないし。この席、もう飽きました。青八木の隣はつまんないです」
 隣で、末っ子気質全開の鏑木が文句を並べだした。
 帰りのバスの席はクジ引きで決めた。練習はほとんどインターハイメンバーかそうでないかで別れてしまう。だから、練習ではない時間にコミュニケーションをはかろうという純太の提案だ。
「鏑木、オレは先輩だ」
 注意したオレに、
「わかってますよ。それくらい」
 鏑木はサラッと答えた。
 こいつ、注意されたって気づいてないな。
「我慢しろ、鏑木。途中の休憩でもう一度クジ引きをする。にぎやかなのが希望なら、鳴子の隣をゲットするんだな」
 前席の純太が振り返り、クジの入ったティッシュの空箱を振った。
 純太の隣は段竹だ。
 段竹が「スミマセン」と純太に謝った。
「鳴子さんも嫌です! あと、今泉さんも絶対嫌です!」
「上等やカブ。隣になったら覚悟しとけよ」
 一番後ろで一年男子に兄貴風を吹かせていた鳴子が、カッカッカッと笑った。
「オレも鳴子とお前の隣だけは避けたいな」
 定時に走りのアドバイスをしていた今泉まで、火に油を注いできた。
「意見が合うな、スカシ」
「これだけはな」
「あんたら二年じゃないですか。先輩が後輩をあからさまに嫌っていいんですか!」
 鏑木が勢いよく立ち上がった。
「そんなもん、後輩によるやろ。お前以外の後輩なら、全員カモ~ン来いや、大歓迎や」
「確かに、後輩によるな」
「いいですよ。わかりました。今度のクジ、オレは小野田さんの隣を引きます」
「段竹、先に言っとく。みんなもや。カブとだけはクジ交換すんなよ」
「隣になったら無視するだけだ。正々堂々クジ引けよ、イキリ」
「マジで腹立つ~っ!」
 田所さんが卒業して、静かになるのが少し寂しいと思っていたけど、撤回する。煩すぎだ。
「鏑木くん、鳴子くんの隣も、今泉くんの隣も楽しいよ。青八木さんはしっかりと話を聞いてくれるし。そこ、とてもいい席だと思うな」
 前から二番目の席に座る小野田が、伸びをして振り返った。公貴が余分に用意していた酔い止めのお陰だろう。元気そうだ。
「それは小野田さんだからです」
 鏑木が前席の背もたれを叩こうと拳を振りかざしたが堪えた。純太に八つ当たりするわけにいかないからな。
「鏑木、席交代するか。通路側だ。誰かと話せるだろ」
 唯一オレができることを提案すると、鏑木が顔を引きつらせた。
「なんの嫌がらせですか? 絶対嫌です! 通路挟んだ隣は今泉さんですよ。死んでも嫌です」
 鏑木は頬を膨らませると、ドサッと音を立てて座った。
 こいつ、本当に子供すぎる。脳内年齢小学生か。いや、小学生より下だ。
「コンビニ見つけたら休憩だ」
 運転する通司さんの柔らかな声に、オレは小さく息を吐いた。
 次のクジ引き、隣が鏑木以外でありますように。
 
 クジ引きにより、次の席順が決まった。
 一番後ろの長椅子に座るのは、右から順に鳴子、鏑木、今泉、ゴリ蔵、平田だ。
 鳴子の前に座るオレの隣は小野田、ゴリ蔵の前に座る純太の隣は杉元だ。
 鏑木はずっと沈黙し、今泉は座るとすぐにアイマスクを装着。鳴子がゴリ蔵と平田に「レースはお祭りや!」と力説する中、小野田が思いだし笑いをしながら、鳴子と今泉の三人でカレーを食べにいった話をしてくれた。
「そのカレー、オレも挑戦した」
 オレの一言に、
「マジっすか!?」
 鳴子と、
「いつ?」
 寝ていたはずの今泉の声が重なった。
 二人の食いつき具合に、オレはビックリして瞬いた。
 オープンしたばかりのカレーライスチェーン店の期間限定チャレンジで、成功すると壁にインスタント写真が貼られる企画だ。
「トッピング全載せ大盛りカレーライスのチャレンジ最終日、田所さんのススメで純太と行ってきた。田所さんの写真の隣にオレのが貼ってある」
「マジっすか~っ。オッサンだけでなく青八木さんにも負けてたなんて……。こうなったらリベンジや! どっかで大食いチャレンジあったら、オッサンも呼んで、六人で誰が一番早く完食できるか勝負や!」
 鳴子がオレの背もたれを掴んで揺らした。
「ちょっと待って! もしかしてボクも参加なの~っ?」
 小野田がオロオロしだし、アイマスクを外した今泉が盛大な溜め息をついた。
 純太が懸命に笑いを堪えている。
「小野田、参加することに意義があるってやつだ」
 諦め顔の今泉に、純太が噴きだした。
「六人ってオレも参加か? 無理だろ。代わりに公貴を行かせるわ」
「キャプテンがやる前から戦い放棄か」
 前方に座る公貴の煽りに、
「その代わり、参加者にはもれなくオレが最高に美味しい紅茶を後で入れてやるよ」
 純太がリラックスした表情で笑った。
 こんな何気ないやり取り一つで、オレたち三年生は昔の関係に戻れたんだと実感する。いい意味で躊躇いとか遠慮がなくなって、絆が回復したんだ。
 なんだろう、この気持ち。
 胸がくすぐったい。
 今、無性に三人でレースがしたい。
 この合宿中、純太と公貴の二人だけで力のかぎり戦った。必要なことだったとはいえ、今頃仲間外れっぽいと思ってしまう。
「パーマ先輩、ノリ悪いわ~っ。キャプテンなんやから、『部員全員でチャレンジーや!』くらい言わんと」
「勝負するか、鳴子」
 オレは座る位置をずらすと振り返った。
 ふと、田所さんに連れられて純太とラーメンを食べたことを思いだした。あのラーメンの心と腹に沁みる味は今も忘れられない。
「オレの隣にいたときは無口すぎて影みたいだったじゃないですか。なのに、なんで今、結構喋ってるんですか。青八木もオレのことが嫌いですか? そうですか!」
 突然、鏑木が小野田の背もたれを掴んで足をバタつかせた。
「オレの隣はそんなに嫌でしたか! さっきまで影みたいに無口で、存在感なくて、表情もなかったのに、今はそんなに楽しいですか! そうですか!」
 勝手に納得して癇癪を起す鏑木に、さすがの鳴子も絶句した。
 オレはやれやれと溜め息をつくと、純太を見遣った。
 純太がお手上げだと肩をすくめる。
 仕方がない。
 オレは飲みかけのペットボトルを持って立ち上がった。
「鏑木、席代わるぞ」
 オレの一言に、鏑木のむくれた顔が二秒で笑顔に変わった。
「やったー!」
 鏑木は喜々と立ち上がると、
「青八木、そんなに代わってほしいか。仕方ないなあ」
 と、さっさとオレが空けた席に座った。
 選択権のないオレは、空いた席に腰を下ろした。当然、鳴子と今泉に挟まれた。
「お疲れ様です」
 今泉の一言に、オレはコクリと頷いた。
「帰ったらカブのやつ、練習でちぎりまくりの刑やな」
 鳴子がニヤリと笑った。
 鏑木が楽しそうに話す声がする。あいつの精神年齢は赤ん坊だ。笑う、泣く、怒る、拗ねると、感情が極端すぎる。
「ああ、オレもちぎる。インターハイまでに強くなってもらわないとな」
「オレも参加します」
 今泉が口の端を上げた。
「練習も試合も激辛スーパーハードが一番や。楽しみにしてろよ、カブ」
 悪行代官のように笑う鳴子に、オレは頷き、今泉は笑みを深くした。
「ほどほどにしてやれよ」
 純太がやれやれと笑った。
 オレと鳴子と今泉は聞こえない振りをした。
END

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