【A01】I cannot be in the spotlight

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 足を使うのは得意やったから、バスケ部の試合での自分の役割は、ひたすら自陣のゴール下でパスを受け取りそこからドリブルで敵陣まで切り込み、そして・・・
「藤沢!」
「こっちや!ヤマ!」
 ここぞというタイミングで部のエースにボールをパスする、そこまでがオレの仕事。そうすれば、エースは鮮やかに敵の妨害をかいくぐってシュートを決めてくれるのだ。
「よっしゃ!ええで!藤沢!」
「ナイシュー!」
 賞賛されるんは、オレやない。エースやった。それでええと思てたし、実際オレがあの場面で逆にパスされたボールをシュート出来るかと問われても、無理やと答える。それでもどこかで考えてしまう。オレがあそこまで運んだんやから、エースはシュート出来たのに、と。

「藤沢はホンマにすごいわー!何や強いバスケ部のある高校から声かけられてるって聞いたで」
「そうなん?さすがやな」
 エースは花形やから目立つ。スポットライトの中におるから。ライトの外で暗闇の中におるオレに声かけられんは当たり前やけど・・・。
「そういや、ヤマは高校はどないするん?またバスケ部?」
「オレは・・・バスケは中学でやり尽くした気ィするから高校は違う部に入ろう思とる。体動かすんは嫌いやないから、運動部に入ろうとは思うけど・・・」

 そうしてあの日。京都伏見高校の入学式の後、さかんに様々な部が新入生の入部募集の声かけで賑わう中、どこの部に入ろうかキョロキョロ辺りを見回していたら、石垣さんに声をかけられた。特別体格に恵まれているわけでもないオレを、石垣さんが目をつけてくれたことが何より嬉しかったし、「カゲが生きるスポーツ」ただその言葉に強く惹かれて自転車競技部に入部した。実際1年生の時は、練習がしんどいこともあったけど、石垣さんは何かとオレを気に掛けてくれ、「ヤマのおかげでトップとれたわ」という言葉は今までの辛さ苦しさが報われるほど温くて何よりの励みになったし、安さんや角田さんや井原さんや辻さんや同学年の水田たちといった仲間たちと走ることが、お互いを支え合って走っている感覚を強く持つことができて、純粋にとても楽しかった。

 ヤツが現れるまでは・・・。

 御堂筋は藤沢のように花形選手や。
 体格を生かして走り、賢い頭をいかんなく発揮して策略を練り実行しとる。その上勘も冴えとる。正に自転車競技という世界でエースになるために生まれてきたといっても過言ではない男やと思う。
 それに引き換え今のオレは働きアリと何ら変らん。女王(御堂筋)のために頭を空にして、身を削りながら尽くし続ける。それでも強いエースの存在により去年よりも遥かにチーム力が上がったことは事実や。だからこそ、御堂筋は光が当たる資格を持てるのやな。
 ならばこれでええ。こうやってカゲとして立派に光(エース)を支えとる。なのに何で1年の時みたいに楽しくないんや・・・。

 そうこうしてる内に最終学年となった。御堂筋の命令で情報収集しとった水田によれば、総北高校、前年度優勝者の小野田はいわゆる「オタク」らしい。偏見かもしれんけど、そういうヤツは世間において決してスポットライトを浴びるタイプやない。むしろライトが来ようものなら、そこから積極的に逃げるタイプのはずや。オレとどこか似ていて親近感すら持った。だから不思議やった。何故、そんなタイプの人間が優勝できたのか。

「あ、ヤマさん!先ほどはありがとうございました!あのっ!鳴子くん見かけませんでしたか?あ、え、えーと赤い髪で、総北のジャージを着てて・・・」
 1日目が無事終わった後、撤収作業中に小野田が声をかけてきた。ただ2位に終わった御堂筋がまたフラリとどこかに消えたらしいと後輩から報告を受けたので、無事という言葉をここで使うていいのかわからんけども。
「知っとるで。あ、いや、鳴子っていう選手がおるということを知っとるという意味や(レース前にウチのテントにも来とったし・・・)ただ、表彰式の後は見かけてはおらんけど・・・」
「そうですか・・・。どこに行ったのかなあ?鳴子くん。あ、お忙しいのに引き止めちゃってすみません!!それでは・・・」
「ま、待て!」いや、何でオレは、小野田を引き止めてるんや。
「なあ、おまえは何のためにインハイを走っとるんや。さっきの山岳リザルトだって、結果を見る限り結局先頭には追いついてはおらんかったやろ?」
 そうや。それが不思議やったんや。だって追いつかない限り、スポットライトを浴びるんは山岳リザルトを獲った真波や。次いでその真波に健闘した手嶋。それやのにこの男は・・・。
 オレと同じカゲのはずやのに、この小さきクライマーは!

 小野田はこちらの問いに一瞬だけキョトンとした後、微笑んだ。その笑みはスポットライトを例え浴びていなくても、人の心にほんのり明かりを灯すような、そんな笑顔で。
「確かにボクは先頭に追いつくには間に合わないと、チームの皆さんにも言われました。それでも、ウチの主将・・・手嶋さんが倒れそうになってましたので、それを支えることには間に合いました!ボクはそれでよかったと思ってます!」
 !!!
 それを聞いてあの日の石垣さんの言葉が頭の中を流れていった。「自転車はカゲが生きるスポーツなんや」
 なんやしばらく忘れておった。大事なことを。強力なエースが現れて、考えることを放棄しておったから。初めて自転車に乗ってレースに参加して楽しかった気持ちのことを・・・。
カゲでも出来ることはある。カゲあってこその光なんや。それでええんや。

「ありがとな・・・。年下でしかも敵チームのおまえに教えられるとは思わんかった」
「えっ?今なんて・・・?」
「いや。鳴子をもし見かけたら小野田が探しておったって声かけておくわ」
「いいんですか!?ありがとうございます!ヤマさん!」

 オレに向けて一礼した後、あいつだって1日中ずっと走り続けて疲れているだろうにも関わらず、それを感じさせないような駆け足で向こうのほうへと去って行く背中を見送りながら、御堂筋が現れる前の石垣さんたちと走った後の時のような充足感を、久方ぶりに覚えるのだった。

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