【C03】maintenance

　自転車を整備していると、時間を忘れて没頭してしまう。ロードバイクのパーツに触れている時間が、私にとって一番楽しいのだ。これからするのは、年に一度のオーバーホール。ショップでロードバイクを解体して清掃し、グリスアップをして最後組み立てる。点検して必要な箇所は交換・修理したりもする。いわばロードの車検だ。私の愛車は前に済ませてあるから、今回するのはお客さんの自転車。その人のロードは去年の11月頃にオーバーホールしたから、今日で丸1年になる。
　
　自転車と部品を分解して洗浄すると、見違えるほどキレイになった。自分でも思わずニヤリとしてしまう位、うまくいったと思う。
「ふふふふ…」
「何1人で笑ってるんだ、幹？」
悦に入っていると、お兄ちゃんが声をかけて来た。さっきまで他のお客さんの自転車を整備していたはずだけど、もう終わったみたいだ。
「き、急に声かけないでよ」
「いや、ふふ…とか楽しそうに笑ってるからさ。」
「お兄ちゃん、私の真似しなくていいから」
「で、何か良い事でもあったのか？」
「お客さんの自転車を洗浄してて、いい感じにピカピカになったのよ」
私の人生の中で自転車のパーツを分解してキレイにしたことは、覚えていない位ある。でも何回やっても飽きないし、楽しい。
「やっぱ自転車好きなんだな、お前」
「お兄ちゃんもそうでしょ」
「まぁな」
　
　点検の結果、このお客さんの自転車はチェーンの交換が必要だとわかった。用意するのはチェーンカッターと交換用の新品のチェーン。チェーンにチェーンカッターを装着して、切る。切ったチェーンは外す。新品のチェーンは前のものと同じ長さに調節して、リアディレクラーに通す。通し終わったらチェーンの端と端を重ね、新しいピンを入れる。ここで再びチェーンカッター登場。チェーンカッターを使って、ピンを押し込んでいく。チェーンカッターを外すと、ピンがチェーンから半分飛び出ているので、ペンチで折る。後は繋いだ部分を動かして、スムーズに動くようにする。
　
　今週は他にも仕事があって忙しい。でも自転車の整備をしている時間は幸せのひと時だし、パーツを見ていると何故か心がうきうきする。マネージャー業もやりがいがあるし、ロードバイクに乗るのも好きだ。店の練習会で走ったり、時々一人で乗ったりもする。でも、整備の楽しさは格別だ。
　
　それから一週間後の休日。お兄ちゃんが配達に行っている時、綾ちゃんと今泉くんがうちの店に来た。といっても一緒に来た訳じゃない。綾ちゃんの方が先だ。
「幹ごめん、ママチャリの鍵壊れちゃってさ」
「ちょっと見せて、リングロックねこれ。すぐ交換するから」
「ありがと。本当私こういうの苦手で」
綾ちゃんの自転車のカギはその場で直した。今泉君が来たのはそのすぐ。彼の方はというと、先程走っている時ブレーキをかけたら変な音がしたので見てほしいという。今泉君のスコットはブレーキシューを見たらガラス片が刺さっていたので、交換することにした。
　
　ブレーキシューの交換は、あっという間に終わった。今まで交換をした中でも、最速記録だったと思う。試しにブレーキをかけてみる。もう音はしない。
「ありがとな、寒咲。」
「珍しい、今泉君今日はやけに素直ね～」
「別に普段と変わらないだろ」
「すごい…、幹カッコイイ」
「ありがとう、綾ちゃん。自分の自転車店を開くのが夢だから、この位はさっと出来ないとね」
「初めて会った時もそんな事言ってたな」
「変わってないよ、あの頃と気持ちは。」
小さいころの夢は自転車屋さん。あれから何年もたったけど、私の気持ちは今も同じだ。一生大好きな自転車に関わり続けられたら、どんなに幸せだろうかと思う。
「今泉君は、１位は一番静かなんだぜって言ってたわよね」
私が言うと、今泉君の顔が赤くなった。
「ばっ、ばかっ。言うな」
「へ～昔からそんな感じなんだ」
「おいっ」
　
　その日の夜。温かいココアを飲みながら、改めて自分の夢について考えていた。自転車メーカーの開発・設計部門に就職して経験を積んでから、自分の店を開業する。今の私が描いているのはそんなビジョンだ。自転車に関係しない道を選んだ自分は、正直想像できない。自転車に関わる仕事をしている自分こそが私の中で一番しっくりくるし、そうありたいと望む姿だ。
といっても、人生はどう転がるかわからない。うまくいかないことだってあるだろうし、夢が叶わない可能性も大いにある。それでも、自分の人生だ。選ぶなら後悔のない、自分が一番望む道を進みたい。誰に何と言われても。