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悠人がオレを見たかと思ったら、にこにこと笑いながら近づいてきた。
「銅橋先輩!」
「でけえのが飛びかかってくるんじゃねえ」
わーいと声を上げながら飛びついてくるのをかろうじて受け止めることができて、そしてそれにほっとして言い返す。
「えー可愛い後輩ですよ」
ほら、とどういう主張なのかわからないが自信満々な表情でオレに迫ってくる。
「オレは大きさの話をしてんだが」
「オレは可愛さの話をしてます」
おいおいちょっと待て、と真正面にある整った顔が近づいていくるのを押し返しながら、かみ合わない会話を不本意ながら続ける。
「まずはオレの話を聞け」
「先輩は、可愛い後輩のおしゃべりを聞いてくれないんですか?」
「それが自分に当てはまるというのか」
「ばっちりです。おーけーですよ」
なんの躊躇もなく言い切られて、結局いつものようにオレが押し切られる。
「……山は登らねえぞ」
とりあえず、今日のメニューを思い出して、言われそうなことを先に口に出す。
「えっ!マジですか!?」
なんで、と驚かれるのも慣れたがここは大事なところだ。オレとしては奇跡的な辛抱強さで何度言ったかわからない主張を繰り返す。
「オマエも真波もなにか勘違いしてるようだから、何度でも言うがな。オレはスプリンターだ。オマエらみたいな山登っていれば至福のクライマーじゃねえ」
と一気に言い放つとどこから現れたのか、青い頭がオレと悠人の間に現れる。
「よんだ?」
「呼んでねえ」
「真波先輩!」
銅橋先輩がひどいんですよ、と話しかける中言い切る。
「いねえ。そんな奴はオレの視界にはいねえ」
「バシくーん、見てー!オレ居るよー」
視線を明後日の方向に向けて言い放つと、真波は自分が居るという主張のためかオレと、ついでに悠人の身体を喚きながら揺さぶる。
「……居るのに見て貰えないの楽しくないですよね」
ぼそりと、らしくないくらいか細い声で聞こえた言葉にオレも真波もふっとそちらを見る。そんなオレたちのの反応に気づいていないのか、悠人はオレに抱きついたままうつむいている。
ちらりと真波を見るとその顔は不思議な表情を浮かべていて、それはまるであの人のようだと思った。
「悠人」
「な、なんすか真波先輩」
はっと気づいたようにその瞳を向ける悠人に、真波が言葉を綴る。
「オレは悠人は悠人だと思ってるし、バシくんも、みんなもそう思ってるよ」
「いや、そんなの当然だし。オレがオレ以外の何かだなんてあり得るはずないじゃないですか」
いつもより心持ち早口で、滑るようなその言い方に上手い言葉が浮かばない。そんなオレを尻目に、真波はなんでもないように言い放つ。
「そうだよねえ。悠人は悠人だもんねえ」
他の誰かに見えるとか比べられるのって、意味分からないよねえ、とそんな清々しいくらいの言い切りに言われた当人の表情がへにゃりと緩む。その瞬間を見えたオレは、言いたかったけど言えなかったものが理解できて、そして納得する。自分ではたぶん出来なかったことを、やってのけたこの同級生を誇りに思う。
「まあ、オレはオレですけど」
「じゃあオレ様だね」
「嫌ですよ、そんな可愛くないの」
「じゃあ、新ちゃん」
「名字だと兄貴と被るでしょ」
そう自分で言った悠人に、オレと真波は同じタイミングで吹き出す。
「無理、新開さんが悠人と被るなんてあり得ない」
「オマエ、泉田さんの憧れの人になるなんで百万年早ええよ!」
オレたちの反応を、目を丸くしてしばらく見つめた悠人がふっと息を吐いて、酷い言い方!と言いながらも笑いだしたのに単純なオレはよかったなあと思った。