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真夏の夏の空は清々しいほどに青く、太陽の熱と地面から跳ね返る熱で外は蒸し風呂よりも暑かった。アスファルトの上を走る自転車競技はこの暑さの中三日かけてレースをする。体力的にも精神的にも負担の多い戦いだ。
昨年のインターハイで優勝した総北高校では連覇を目指し、今日も練習が続いていた。
そんな部室で事件は起きるーーー。
土曜日、いつものように朝練を行って午前授業を終えてからの部活。部室の中には今年のインターハイメンバーである小野田、今泉、鳴子、青八木、手嶋、鏑木の六人がいた。
先に準備を終えた小野田が立ち上がり、部室の扉にてをかけた。
「あれ?」
引き戸の立て付けが悪くなっているのか、開かなかった。少し強引に動かしてもガタガタと音を立てるだけで動かない扉。
「あれっ?あれ?」
「どうした、小野田。」
様子のおかしい小野田に手嶋が声をかける。
「扉が…開かないんですっ!」
「おい、マジかよ。」
小野田のいた場所に割り込むようにして手嶋も扉を横に動かしたが、やはり扉は開かない。その会話に着替えをしていたメンバーが扉に駆け寄ってきた。
「ホンマに開かないんすか!?」
手嶋は何度か力尽くで開けようとしているが、ガタガタと音を立てるだけで扉はぴくりとも動かなかった。
「…ホンマだなぁ。」
「あわわ…どうしましょう、これじゃ練習が…。」
「任せてください小野田さん!この天才鏑木が開けて見せますよ!」
鏑木、鳴子、今泉と代わるがわる扉を開けようと必死になっていたが開かなかった。部室の鍵は1つだけ、それが引っかかっているのか、外に何か引っかかっているのかわからない状況。考え込む手嶋に扉を開こうと躍起になっていた三人の手が止まった。
「扉が開かないんなら窓や!」
部室に一つだけついている窓。その窓の鍵を開けようとしたが、鍵を開けても窓は開かなかった。部室の窓も扉も開かない。その異質な状況に鳴子が焦ったように叫ぶ。
「嘘やろ…、窓も開かへん!」
「どけ、鳴子。」
今泉も同じように窓に手を掛けたが、窓はピクリともしない。
練習時間が刻々と失われていく。今まで静かに静観していた青八木が、扉に手をかけて息を吸う。鍛えられた体幹によって身体が膨らんでいく。
「純太、壊していいか?」
「部費ないから壊すのはナシ。」
「じゃあどうする。」
「焦るなよ、古賀に電話する。外から開けてもらおうぜ。」
扉や窓が開かなくても、携帯の電波がないなんてことはなく、手嶋は古賀に電話をかけていた。古賀は他の部員を連れて外周に出ていたが、何かあったときのために携帯を持ち歩いている。何度目かのコールで電話が繋がると、状況を説明し、すぐに向かうという言葉で電話が切られた。
「あとは助けを待つだけだな。」
手嶋の言葉に、メンバーはほっとしていた。狭い部室は太陽の熱を浴びて、蒸し風呂のように熱くなっていた。それに加えて窓も開かない、ベンチや床に座って、扉が開くのを待っていた。
*
部室の壁に掛けられた時計の長針が一周しても、古賀は現れなかった。おかしい、と手嶋が何度か電話をしたが、古賀が出ることはなかった。ジワジワと室内の温度が上がっていく。自転車にも乗っていないのに、汗が床に垂れていく。
「あちー!」
「…口にするともっと暑くなるぞ。」
「青八木さんはなんでそんな涼しそうなんですか!!」
「オレも暑い。」
青八木は立ち上がると床に寝そべっている鏑木に自分のドリンクボトルを渡した。古賀がすぐに来ると思い、すぐに飲み物を飲み干していたのを見ていた。
「いいすか?」
「…いい。全部は飲むなよ。」
「はい!」
青八木は扉の前に向かった。壊すなと言われているから壊せないが、なぜ開かないのかが気になっていた。ゆっくりと横に動かしてみると、何かに引っかかっているような感覚があった。横にスライドする扉なので、車輪の通り道に物が置いてあるときには動かない。
しかし、どこかに引っかかっているよりは…。
そこまで考えると、青八木は顔を上げた。
「純太、」
壁にもたれかかっている手嶋と目が合う。手嶋は太陽の光が差し込む窓際に座っていた。本来であればそこは避けるべき場所だ。汗だくになりながら手嶋がにやりと笑う。それを見て、青八木は頷いた。
「…こんなときまでエスパーせんといてください!」
「何かあったんですか?」
ぐったりとしている二人を見て、青八木は首を横に振った。
「なんでもない。」
「なんもないんかい!!」
「…小野田、大丈夫か?」
今泉は自分の近くで真っ赤な顔をしている小野田の顔をのぞき込んでいた。気温は高い、こんな室内にいて六人全員が無事ということは考えにくいと今泉は自分のボトルを取って小野田の顔に当てた。
「小野田くん、ワイのも使ってや!」
「…あ、ありがとう、ふたりとも…。」
その様子を見ていた手嶋が、立ち上がって扉の方へと向かった。
「古賀、もういい。開けてくれ。」
その言葉の意味を理解できぬまま、扉がゆっくりと開いていく。扉の外には古賀と部員たちが休憩をしていた。
「は、はああ~??」
段竹の顔を見て、鏑木は情けない声を上げた。小野田、鳴子、今泉はあっけにとられていて反応できていない。
手嶋は部室の中にいるメンバーの方を向くと、笑顔で言った。
「今日の午後イチのメニューは終了だ。」
「メニューってなんすか!」
「危機的状況でも冷静な判断が出来るかの練習だ。」
合格したのは青八木だけだけど、と付け加えた。
部室の扉が開かない、窓も開かない、室温も上がっていく。暑さでボーっとするのはレース終盤で起こりえること。その時に何が出来るかが重要なんだ、と手嶋は言った。
「青八木は扉をもう一度調べて、これが練習だと気づいた。だから合格だ。」
「…外側から鍵がかかっていたからな。」
「いつもミステリー小説読んでるだけあるな~。」
「…じっちゃんの名にかけて。」
「それ小説ちゃうやん!!」
「各自職員室で水分補給しておくこと。30分後走るぞ。」
手嶋がそういうと、部室にいたメンバーは大きく返事をした。真夏と言えど、締め切られた室内よりも外のほうが涼しい。鏑木は走って外に出た。
それに続くように今泉と鳴子も立ち上がったが、小野田はその場に膝をついた。
「大丈夫か!?」
「えっ…うん、大丈夫、安心したら腰ぬけちゃって…。」
「肩かしたるわ。」
「…うん、本当、扉が開いてよかった~…。」
手嶋が頼み込んんで、クーラーのついてる職員室で休憩することを許可されていた。
そこでアイスを食べた、ひと夏の思い出。
一見危険に見える練習だったが、これもすべて連覇のため。
総北高校の練習は、深夜まで行われた。
END.