【A02】バトンタッチ

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「…………正気か?塔一郎」

青天の霹靂か寝耳に水か。とにかくあり得ない決定に驚きと呆れをない交ぜにしたような表情で黒田がまじまじと見つめれば、苦笑いをこぼしながら泉田はペンを動かす。

「ボクは正気だよ。ちなみに副部長には彼を推すつもりだ」
「そっちは問題じゃねぇ。協調性ゼロのアイツに部長なんて任せられると思ってんのか?」

黒田は新たに書き込まれた名ではなく先に出た名前をトントンと叩く。

「じゃあユキは他に適任者が居ると?」

居るなら教えて欲しいと促すような目で見据えられ、実力は有るが問題児が多い後輩の中から良い人選を挙げることが出来ずに言葉を詰まらせた。

「あのねユキ、良くも悪くも皆一筋縄ではいかないから誰を選んだとしてもきっと心配は尽きないと思うんだ。ただ、それを乗り越え成長する機会を与える事がボク達の最後の仕事なんじゃないかな」

ポケット取り出した鈍い銀色の鍵を握り遠くを見つめる泉田の目は1年前部長に任命された時とは見違えるほどに逞しく心配と言いつつも期待に輝いているように見えて、黒田は「成長か…」と呟いて頭を掻く。

「最後の最後にこんな大仕事が残ってるとは思わなかったぜ」
「この鍵を渡すまでもう少しの辛抱だよ、ユキ」
「そうだな塔一郎。もうひと踏ん張りするか」

***

ペコリと頭を下げた後輩が教室を出て行き十数秒後、開けっ放しの前の戸からではなく後ろの戸が開く音に手嶋は顔を向けた。

「お~青八木、どうだった?」
「驚いてた」
「だろうなぁ」
「…でもベストを尽くすって」

そう言って隣の机に軽く腰掛けた青八木の「そっちはどうだった?」という無言の問いかけに手嶋は笑顔を答えの代わりにし、傷だらけの鍵が付いているキーリングを指に引っ掛けクルリと一回転させて握り込んだ。引き継いだ時は驚くほど重く感じたそれは、今は飛んでいきそうなほど軽く、手嶋はようやく肩の荷を下せるのだと実感が湧いた。同時に何か忘れ物をしているような心許なさも覚え机に突っ伏してため息をつく。

「……なぁ…先輩達から貰ったもの、全部渡せたと思うか?」

先輩方に教わったことは沢山あったのに伝えられたことは幾つもない気がする、と弱気な声で告げる手嶋の丸まった背中を、尊敬する先輩を思い起こさせる力強さで青八木がドンと叩いた。

「ちゃんと伝わってる。あとはその鍵だけだ」

指に引っ掛けたままの鍵が揺れて反射する光に二人は目を細める。

「………大変だったけどあっと言う間だったな」
「ああ、純太お疲れ様」
「一もお疲れ様……長い間ありがとうな」

***

「次期部長はお前だ、頼んだぞ」
「はいっ!!」

古くて傷だらけの鍵をバトン代わりに次の世代に想いを託し、大きな役割を果たした彼等は新たな道へ向かって歩き始めた。

×

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