E07『どうか瞬きの微かな色を』

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見上げた先の雲がいびつな形に剥がれて散らばって、そこからまたその輪郭を変えながらゆっくりと泳いでいく。もうきょうはこのままずっと昼休みがいいなあと新生した選択肢に足を踏み外しそうになるような、やわらかい陽光の降る日だった。
屋上からぐるっと校内を俯瞰する。
 
あんなところにいる。
にぎやかな声が運ばれてくる部室から裏門へ向かう途中の、オレが入部したてのころからそこに植えてある桜の木の下に、ぺたりと座る人影があった。
見事に花を綻ばせて新入生を歓迎していたその梢は、いまは瑞々しい若葉を芽吹かせてゆるやかな季節の移ろいを視界に届けてくれる。
 
声をかけにいこうと思ったけれどつい視線が釘づけになって、手にしていた購買のお菓子の入った袋を思わずぽろりとすべり落としそうになった。
樹冠から洩れる光の束に照らされて、やわく風が吹く度にゆらゆらと万華鏡のようにその背中に纏ったまばらな光の粒がきらめく。
既視感の浮き出る。オレはおんなじ背中を知っている。ような気がした。いつかの直線の。
気づいたら外への階段をころがりおちるように駆け出していた。
 
 
 
 
「あれー葦木場さんどこに行くんですか?きょうはいつもの屋上じゃないんですか?」
「ひみつっ」
「えー」
「それ、あげるよ、」
 
下駄箱ですれ違いざまに、真波と短くくすぐりあうような応酬を交わして袋を押しつける。
扉をひらくと、ぽかぽかとした陽射しと透きとおる春の風がすうっと肺を満たす。
群青の空の下へ自分の足を蹴り出して行く。
 
 
 
 
「あれ?葦木場さんひとりで珍しいすね」
「ごめんねバッシー、真波に分けてもらって!」
「………………何を?」
バッシーを置いてけぼりにして、雑踏とあかるい話し声が満ち溢れるにぎやかな中庭を足早に抜ける。
 
 
 
 
 
 
 
「悠人!」
「、葦木場さん」
 
木陰の陽だまりの背中に名前を呼ぶ。
振り向いておれを映した瞬間に、おおきな茜色の目が見開かれてきらきらと揺れる。
 
「せっかく教室から出てきたのに、こんなとこにいたら勿体無いよ」
「……あ、いえ、それは……」
「ほら、行こう!」
 
 
 
勢いに任せて半ばずるずると引きずるように部室の前まで悠人を導く。
おー悠人かー!よく来たなー!部室も楽しいぞー!
ドアノブを捻ると瞬く間に招き入れられて、たくさんの部員に囲まれる彼の顔が綻んでゆくのを一緒にとなりで感じて、オレも笑った。
 
振り返って見上げた青空に、ごう、とやや低めを泳ぐ飛行機が見える。
その行き先を気にしたことはないけれど、飛行機雲もついてゆかないからきっと明日もよく晴れるんだろうと思う。
屋上から塔ちゃんとユキちゃんが、視線は合わなかったけど確かにこちらの方を見ていたのをみとめた。
 
 
 
たくさんのことが起こる。
些末な言葉の綾でほつれて縺れそうになっても、不格好でちぐはぐにでも縒り合わせてからめとって、そうしているうちにすこしずつ、結ばれていくんだろうか。
今までもこれからも。
オレの大好きな場所はいつだって、まばたきしても消えないストロボのように。

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