E05『その闇を裂く』

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 2年生になって、初めての登校日。
 毎年のことだが、新しいクラスの雰囲気はいつも少し浮ついている。
 同じクラスになったことを喜ぶ者もいれば、初対面の相手とさぐりあいの挨拶をかわしている者もいる。
 私はとりあえず五十音順に並んだ自分の席につき、鞄の中から教科書やペンケース、そして眼鏡ケースを取り出した。
 深呼吸をしながら、そっとそれまでかけていた眼鏡をケースの中のダテ眼鏡と取り換える。
 誰にも信じてもらえないだろうから、誰にも言うつもりはないが、実は私は人のオーラが見える。
 心が読めるというほどはっきりしたものではないが、その人の体調や心境がさまざまな色のオーラとなって目に見えるのだ。
 だいたい明るい人、楽しい気分の人、元気な人は暖色系のオーラをまとっている。反対に憂鬱な気分の人、どこか体調がすぐれない人のオーラは寒色系だ。
 あくまで私個人が見るオーラの色とその後の相手の様子で判断したものなので、色の傾向は絶対に正しいとは言い切れないけれど、クラス替え初日にクラスメイトのオーラを見て相手との距離感をつかむのが私のやり方だった。
「なかなかいいクラスみたい」
 いじわるだったり悩みを抱えてたり体調不良のクラスメイトは特にいないようだ。
 ほっとして眼鏡を取り換えようと思ったその時。
「おはよー。今年一年よろしくな!」
 明るい挨拶とともに教室に入ってきた天然パーマの同級生を、何気なくダテ眼鏡で見た私は後悔した。
 誰とでもすぐ仲良くなれる、友人が多くカラオケが抜群に上手いと評判の、その彼のオーラは真っ黒だった。
 目を疑ったし、思わず眼鏡外したし、目をこすって二度見したけど変わらない。
 息苦しくなるような、重い黒。闇。
 人は見かけによらないと言うけれど、そんなに性格が悪い人なんだろうかとか、どこか病気なんだろうかとか、彼のことが気になってその後のホームルームは殆ど耳に入ってこなかった。
 不思議なもので、度の入ってる眼鏡で世界を見ると、オーラなんて何も見えない。
 けれども裸眼、もしくはダテ眼鏡で世界を見ると世の人々は本当にさまざまな色をまとっているのだ。
 赤やピンクやオレンジ、黄色、楽しそうなクラスメイト達に囲まれて、その中心で笑顔でしゃべっているのに、どうして彼はあんなにも暗い黒にとらわれているんだろう。
 手嶋純太。
 気になりつつも、彼からは距離を置くことにした。けれども彼の色は、棘のように刺さる強い印象を残した。
 
 
 初日に見たとおり、ほとんどのクラスメイトが暖色系のこのクラス。仲のいい友達も出来、授業中も休み時間も居心地のいい空気が流れている本当にいいクラスだ。
 主にその楽しげな空気を作っているのが手嶋君というのが意味がわからないんだけど。
 もうひとつ意味がわからないと言えば、口数が極端に少ない青八木君。
 ほとんど手嶋君と一緒に行動している彼のオーラは意外なことに金だった。
 偏見だし極論だとわかってるけど、片目を隠してたり何もしゃべらなかったりする青八木君が黒で、クラスの中心にいる手嶋君が金だったらわかる。
 でも実際は反対で、手嶋君の闇を、青八木君の光が切り開いている感じ。
 なんかファンタジーだけど、そう見えるのだから仕方がない。
 そして距離を置くと誓った私だけど、手嶋君のオーラの色がいつか変わるんじゃないかと遠くから観察する日々をやめられずにいる。
「ねえ手嶋君のこと好きなの?」
「は?何言ってんの!?」
 お昼のお弁当をつつきながらの雑談中、友達の一言に唐揚げ落とすところだった。
「いつも見てるじゃない」
「ねー?」
 他の友人まですごい笑顔で同意してくる。
「そんなんじゃないったら!」
 まさかオーラの色が気になって観察してますなんて言えるわけがない。
「いいと思うよー手嶋。気が利くし、よく見ると可愛いよ」
「それホメ言葉?」
 わいわいきゃあきゃあと賑やかなランチタイム。
 部活の強化合宿のため、今日は休んでいる手嶋君、青八木君の席をぼんやり眺めながらもう一度私は、そんなんじゃないと否定した。
 その後、週明けに登校してきた2人は揃って足を引きずっていた。
 普段はあまり意識してなかったけど、2人はインターハイ常連の自転車強豪校に在籍していて、強化合宿はレギュラー選抜の一環として行われたと聞いた。
 怪我して1年生に敗れて、上級生なのにレギュラー取れなかった、可哀想な2年生。
 そんな言われ方には腹が立ったけど、自らネタをふり、自分は弱いと本人が自虐しているのだから否定も出来ない。
 強すぎる1年生への嫉妬、そんなものにとらわれているから真っ黒なんだよ!と思わず裸眼で睨んで気がついた。
 あまりに暗いとか黒いとか思っていたけれど、よく見ると彼のオーラの中にはキラキラと金色のものが瞬いている。
 まるで星。宇宙。
 これは青八木君のオーラのカケラ?
 ううん、そんなんじゃない。
 一方的に暖色系は良い、寒色系は悪いなんて思い込んで、色眼鏡で人を見ていたのは私だった。
 表面的な明るさ、人の好さ、気配りだけでなく、嫉妬とか憎悪とか悲哀も含んだ手嶋の内面、それがこの宇宙。
「夜明け前が一番暗いって、誰の言葉だっけ?」
 思わずそう独り言をつぶやくと。
「ん?英語のことわざだよ、確か。いい言葉だよな」
 手嶋本人に答えを返されてしまった。にかっと笑う、いい笑顔。
 私は胸に刺さっていた棘が抜けたような気持ちになった。
 いつかこの暗闇に光が満ち、金色に輝く。
 そんな未来が見えた気がした。

 余談だが、手嶋君と青八木君はなんとインハイ優勝校の主将と副主将に選ばれちゃったらしい。
 ついでにどんどんかっこよく綺麗になって、今じゃひそかにファンクラブまである。
 同じクラスになれて、2人の成長を近くで見られて幸せだった。
 友達には今もからかわれたりするが、ファンクラブ活動が出来るだけで幸せだ。
 手嶋君の今のオーラの色?
 そんなの、聞かなくてもわかるでしょ?

 

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