E01『空蝉と金』

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「ホワイトデーのお返しは、セミの抜け殻とカブトムシの幼虫、どっちがいいと思う?」
 
 
 
 数年前、刺すような寒さも落ち着いた三月。こう相談したオレに向けられる段竹の目は心なしか呆れていた。
「一差、何人に返すんだ?」
 二人だと答えたら、せめてこれをもっていけと、さっき自転車で一緒に走ったオッサンにもらった箱を差し出してきた。オレのと合わせて二個。鳥っぽいピーナッツが描かれている、お馴染みのチョコ菓子。
 付き合うつもりがないのなら、これくらいでも、虫よりはまだ格好がつくと。
 ・・・・・・オレのセレクト、そんなにダメなのか?
 
 
 
 セミの抜け殻。
 死骸じゃないんだぜ? 抜け殻だ。サイズアウトした服みたいなもんだ。泥の付いたニイニイゼミじゃない、ツヤツヤのアブラゼミ。3センチ以上あるぞ! ナウシカでも王蟲の抜け殻が出てきてただろう、かっこいいだろ!
 抜け出た時は白い体が、色付いていく様は神秘的だ。セミの色は個体差があって、眼の色が白かったり赤かったり。体も黒っぽかったり赤みがかっていたり、まだ見たことはないが、毛の色のせいで金色に見えるのもいるらしい。いつか見てみたい。
 
 カブトムシの幼虫。
 幼虫の段階から雄雌が分かるので育ててガッカリすることがない。そろそろ冬眠から目覚めていっぱい食べてよく動くようになる。楽しみだ。ムチムチの幼虫もそれなりにかわいいが、最終的にはあのカッコいいカブトムシになるんだ!
 カブトムシ! 王様!
 犬や猫もかわいいが、姿形が変化するカブトムシは、最高だ。
 たまごっちとか、女子に人気あるって聞く。育てたら変身していくのは同じだろ? 全然違う?
 女子は分からない。
 
 
 
「そういうの分かって、喜んで受け取ってくれる大物が現れるといいな」
「スゲー! 大物来た! 金のエンジェル!」
 
 頭部への衝撃に、金色の天使からチョコが飛び散る。
 いいツッコミだ段竹。体から魂が脱皮するかと思った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「見ろ、青八木! セミの抜け殻だ!」
 
 
 
 インハイメンバーに決まり、練習の合間の休憩中、見付けたミンミンゼミの抜け殻。時期が合わないから去年のものかもしれない。嬉しくなって、つい、その場にいた先輩に声をかける。
 スプリンター一人で組む相手がいないからか、青八木と一緒になる機会が増えた。
 ――が、はっきり言って何を考えているのか分からない。無口センパイというあだ名が付いていたと聞いたが、シャレにならないくらい無口だ。会話らしい会話にならない。断じてオレが話を聞かないわけではないぞ。
 男女問わず、高校生になってから昆虫に興味を示すヤツはさすがに少ない。せいぜい生物の授業で、出てきたのを覚えるくらいか。そういやセミの抜け殻のことを「空蝉(うつせみ)」というんだったな。あ、ヤバイ。今週末までに何か俳句を一つ提出しなきゃならないんだった。何も思い付かない。
 いつものように軽く頷くか、呆れたような一瞥をくらうかと思っていた、のだが、無言で抜け殻を受け取られた。
 
 日にかざして、まじまじと透かし見る。
「キレイだな」
 照らされて、キラキラ光る抜け殻と、金髪と、
 
 
「――――大物だ!」
 
 
 結局、普通の大きさだろうと返されてしまったけれど、それを見ていた目は金髪よりも輝いていた。
 本当に興味を持っていた様子に、オレの中の青八木株は爆上がりだ。平均にはまだ遠いが。ぶっちゃけ小野田さんと山を走り込みたいと思っていたが、もう少し付き合ってやってもいい。
 段竹、オマエがオレの興味対象を少し残念に思っていることは知っている。だが、こんな身近にも興味を示す先輩がいたんだから、理解してくれる人間は案外多いのかもしれないぞ。オマエの言う大物も、いつか現れるかもしれない。
 
 
 
セミの殻 出でる天使の 色は金
 
       一差心の俳句
 
 
よし、課題の俳句がうまいこと出来た。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「自転車と天使は何か関係があるのですか?」
 
 
 
 放課後、部活へ行く途中、すれ違った先生から声をかけられる。
「鏑木くんは自転車競技部でインターハイに出ると聞きました。私は自転車に詳しくないのですが、選手をサムライと言ったり、球団を虎や鷹や鯉と表したりするように使ったのであれば、とても素敵な句だと思いました」
 全く意味が分からなかったが、段竹の「オマエの俳句だ」の耳打ちアシストで、先日提出した課題のことだと気付く。
「表には見えない、地中でたくさん練習した幼虫が、殻を破って成虫になり、本番で羽ばたく。『色は金』とは勇ましい。」
 視界の隅で肩が震えている。
「金を取れるといいですね。がんばってください。」
 笑うな段竹。金のエンジェルを知る男。
 間違いでもないだろう。今欲しい金は、エンジェルでも、セミでもなく、勝利の金。
「はい! がんばります!」
 出るからには当然、目指すは一位だ!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 インターハイがあるのは、セミの最盛期。力の限りなくセミ、それを上回る歓声の中、全てを凌ぐ走りをしよう。
 手にする色は、赤か緑か、金色か。
 待ってろインターハイ!

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