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練習中、道路の端に座り込む真波を見つけたとき、すわ落車かと黒田は一瞬肝を冷やした。しかし、どうやらそうではないらしい。しかし、このまま通り過ぎてはいつまであの場所から動かないような気がしたので一緒に走っていた後輩たちに先に行くように促し黒田は自転車を止めた。
「黒田さん、なにしてるの?」
ロードを止め、うずくまる真波の隣に立ったのだが一向に黒田に気がつかなかった。業を煮やし「真波」と呼びかけるとようやく振り向いた。真波はキョトンとした顔をして前述の台詞を口にしたのだ。
「それはコッチの台詞だっての。こんなとこでなにしてんだ? まさか落車とかケガとかじゃねえだろうな」
「ううん。ほら、これ見て」
真波が指さしたのはアスファルトの隙間から顔を出した、たんぽぽだった。
「たんぽぽ?」
「うん。たんぽぽってさ」
その後続いた真波の言葉に黒田は吹き出してしまった。だから練習後のロッカーでつい話題に出してしまったのだ。まさかあんな騒動になるとは思わずに。
「真波がさ、『たんぽぽって福富さんに似てませんか』って言うもんだからそのあとたんぽぽ見つけるたびに挨拶しそうだったぜ」
「ふふ、たしかに似ているかもしれないね」
近頃は険しい顔ばかりしていた泉田が頬をゆるませた。こんな冗談に乗ってくれることもあまりなくなっていた。主将になったら表情筋が固まるものなのかもしれない、などと葦木場が本気で心配していた。と、その葦木場は隣で大きくうなずいている。
「わかる。オレも黄色いもの見ると福富さんのこと思い出すもん」
「色かよ。あ、拓斗、お前こないだゆで卵見ながらしんみりしてなかったか」
「だってユキちゃん、ゆで卵半分に割って上から見てごらんよ、福富さんそっくりだから」
「はぁ?」
「ボクは赤いものを見ると新開さんを思い出すんだ」
「お前もかよ!」
「ねーユキちゃん、荒北さんは何色?」
「なんでオレに荒北さんのこと聞くんだよ……まぁ、あの人は、黒じゃねえ?」
「えー、くろー? バイクの色の印象があるから空の色じゃない?」
「だったら福富さんは黒じゃねえか」
やいのやいの言っていると当の真波が部室に戻ってきた。
「真波、東堂さんは何色?」
葦木場の唐突な質問に真波は一瞬考えるような素振りを見せたがすぐに笑みを浮かべ「東堂さんは、緑」と断言した。
「みどりかー。巻島さんの髪、緑だもんね」
葦木場ののんびりとした声に黒田は矢も盾もたまらず突っ込んだ。
「関係ねえだろ! いや、関係なくもないか」
「あはは、それもあるね。でも一番は山の中の緑の濃いところを走っていると前に東堂さんがいる気がするんだ。絶対抜いてやろうと思うもの」
「オレ山走るのこええわ。東堂さんが見てるんだろ」
「空からは荒北さんで?」
「道端には福富さんじゃん」
「あははは」
真波の言葉に部室のあちこちから声があがる。
「ちょっと待ってくれ」
部長である泉田が険しい声を出したものだから空気がぴりりと引き締まった。
「塔一郎。こいつらもちょっとした冗談だったんだ。許してやってくれ」
「新開さんは?」
「え?」
「新開さんはどこから見てくれているんだ?」
「そこ、気にしてたのかよ!」
示し合わせた訳ではないのにみなの視線が一点に集まる。そこにいたのは新開悠人だった。たしかに彼は兄の隼人に似ている。脚質こそ違えど顔も、まとう雰囲気もドキリとするほど似ているときがある。しかしどうにも部に馴染んでいない。今も会話を聞いていたのかいないのかみなの視線を無視している。
「新開さんは、ここですよ」
すっと歩み寄った真波が泉田の前に立つ。なにをするのかと思えばギュウと目の前にいる主将に抱きついた。
「新開さんは泉田さんの中にいるでしょう?」
突然の行動に驚いていた泉田はふっと力を抜いて真波の肩をぽんぽんと叩いた。
「はは、そうだな。ありがとう真波。さぁ、みんな早く着替えて。食事も休息もトレーニングの一貫だからね」
そう言った泉田はまるで一国の女王のような笑みを見せた。
自宅から通う真波も最近は寮でメシを食ってから帰るようになっていた。食事も大切だと口を酸っぱくして言っていた山神と現主将の教育がようやく浸透してきたようだ。
いつもは和やかかつ、賑やかな食堂が今日はどうにも様子が違った。
今日のメニューはカレーだったのだ。サラダとゆで卵付きの。
ゆで卵を片手に「福富さん、オレやります」と決意を語る者、カレーの中の人参に向かって「新開さん、お元気ですか」と話しかける者、サラダのブロッコリーを積み上げて山を作る者、と様々だった。
黒田はいちいち突っ込んでいたら身が持たないとカレーの中の硬い肉を噛み締めていた。それにしてもゆで卵、食いづらくなったなと思いながら。
と、同じ頃千葉では。
「たこ焼き見て涙ぐむんやめてや小野田くん」
「だって青のりが踊ってるんだよ鳴子くん。ま、巻島さんのダンシングそっくりだよ」
「スカシもブツブツ言うてんとはよ食えや」
「金城さん、オレは立派なエースになります」
「たしかにたこ焼きとフォルムが似とるけど。なんか言うたってくださいパーマ先輩」
「田所さんの教えは決して忘れません」
「ああ、純太」
「なんでここたこ焼き屋のキャラクター、クマやねん!」
こちらはまだ自分の職務を放棄することはできなかったようだ。
「あー! 古賀先輩まで――」
おしまい
D08『ゆで卵』の作者は誰でしょう?
- nend (36%, 5 Votes)
- 壬生川タマミ (21%, 3 Votes)
- ナチ (14%, 2 Votes)
- 桐原十六夜 (7%, 1 Votes)
- まつ乃 (7%, 1 Votes)
- 悠 (7%, 1 Votes)
- まや (7%, 1 Votes)
- おりかさまき (0%, 0 Votes)
票数: 14

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