D06『いろとりどりの白』

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 オレが真波山岳になるよりもずっとずっと昔、「雪」と呼ばれていて神様の近くで暮らしていた頃の話。
 神様が贈り物をしてくれるってみんなを集めた日、オレは寝坊して到着したのは最後から二番目だった。
 神様はみんなに色をくれた。オレは何色になるんだろうってワクワクして待ってたんだけど、神様のパレットはオレの目の前で空っぽになってしまった。
 ウソでしょ? って思ったよね。あと二つ、オレとオレの後ろの風のぶんで良いんだよ。神様なんだからたった二つくらい何とかなるでしょ! って必死にお願いした。
「そんなに色が欲しいなら、数多いる花たちに分けてほしいと頼んでごらん」
 神様はオレの頭を撫でるとそう言っ帰って行ってしまった。
「風も行く? もしかしたら分けてもらえるかもしれないよ」
「俺は良いよ。透明なほうがイタズラしやすいし。でも、俺のぶんも頼んでくれてありがとうな」
 風はニヤリと笑ってピューっといなくなった。

 オレはその日から長い長い旅に出た。
 けれど花たちは嫌になるくらいイジワルで誰もオレに色をくれなかった。「あんたが寝坊したのが悪いんでしょう」ピンクのガーベラにはそう言われたし「寒いんだからあっちに行って!」黄色いひまわりは近づくことすら嫌がった。でも一応話を聞いてくれただけましだった。真っ赤なバラなんか無視したくせに棘まで刺そうとした。
 花たちから嫌がられ嫌味を言われながら長いこと遠くまで彷徨って、それでも色を分けてくれる花は見つからなくて、悔しくて悲しくて泣き出したオレに小さな花が話しかけてきた。
?「私の色でよければ分けてあげるわ。バラやひまわりのように明るく艶やかではないけれど」
 オレは雫の形をしたスノードロップの色が光輝く希望に見えてひと目で気に入った。
「わぁ、すっごく素敵な色だね。本当に良いの?」
「ええ、どうぞ」
 オレは優しく可愛らしいスノードロップに寄り添って色を分けてもらって、お礼に一つの約束をした。
「冬になったら他の花たちは雪に埋もれて寒くて枯れちゃうけど、君だけは絶対に守ってあげる。枯らしたりなんかしないから」
 オレはずっとその約束を守ってた。
 真波山岳という人間になるまでずっと。

 真波山岳という名前をもらったオレは、スノードロップがくれた白をどこかに落としてしまったようで透明に戻ってしまっていた。そのことが悲しくて寂しくて、初めの頃はよく泣いてた。月日が経ってもオレは透明なまま、ほかの人と走り回ることもできなくてずっと独りで、心にはぽっかりと穴が開いていて、なんで人間になんかなったんだろうって神様を恨んだりした。
 でもある時自転車に出会って、疲れて苦しくて寝っ転がったまま空に浮かぶ真っ白な雲を見たらなぜだか白くなれた気がしたから、今度は自転車に恩返しをしよう、色んな景色を見にどこまでも一緒に行きたいって思った。

 それから神様に色をくださいってお願いした時と同じくらい必死に頼んで、真っ白い自転車を買ってもらった。自転車に乗って山の頂へ向かっていると、風がイタズラしてくる。向かい風で邪魔をしたかと思えば追い風でピューっと背中を押してくれて、山頂へ着くと「またな」ってどこかへ行ってしまう。それが楽しくて、何度も山を登った。

 自転車のお陰で体も丈夫になったオレは箱根学園という自転車競技の強い高校に進学した。
 不思議なことに自転車競技部の先輩たちと走るたびに仲良くなるたびに先輩たちが色を分けてくれた。泉田さんや新開さん、荒北さんに東堂さん、福富さん。他にもたくさんの人から色を分けてもらって、オレはあっという間に花たちに負けないくらいカラフルになった。
 みんなにも恩返ししなきゃって思った。みんなが喜ぶことは総合優勝しかないって、福富さんをゴールに運ぼうって頑張った。その福富さんに託されて、貰った色を走りながら落っことして真っ白になって、透明になっても構わないからって最後の一滴まで絞り出して……オレは負けた。

 遠くの山を眺めながら、自転車にも先輩たちにもいっぱい謝った。一番に頂上からの景色を見せられなくてごめん。分けてくれた色も全部落としちゃってごめんなさい。恩返しできなくてごめんなさい。あとオレと自転車を結びつけてくれた委員長にも……。「勝って!」って言われたのに、勝てなくてごめん。
 風が何度も頬を撫でてくれたけど透明な涙は止まらなくて、真波山岳になったばっかりの時より泣いて泣いて、全部出したはずなのにまだこんなにも出てくるものがあったのかって驚いた。
 それからオレは先輩たちに怒られる覚悟をしてテントに戻った。だけど「おまえに来年その地位を奪い返そうという強い意志はあるか!!」敗北しても力強い福富さんの視線から、「そのボサボサの頭をどうにかして行けお前も個人の表彰台には上がるのだからな」そう言って肩を叩く東堂さんの手から、「食う?」新開さんがくれた手の平に乗ったエナジーバーから、ぽつりぽつりと色が付いた。
 こんなにも不甲斐ないオレでもまだ色を分けてもらえるんだって嬉しくて、勝てなかったことが悔しくてまた泣いた。

 あれから一年が経ち去年とは違う色でカラフルになったオレは、再びインターハイのスタートラインに立ってる。背中のゼッケンは縁起が悪いって言われる数字だけど、何があってもはねのけて全開で走るだけ。それで今年こそ黄色を獲って先輩たちやみんなに分けてあげるんだ。
 あの優しい花がオレに色を分けてくれたようにね。

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