C01『in full bloom 金城&荒北』

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あいつとコンビを組むなんて微塵も想像していなかった。

ロードでふたたび共に駆けたのは、入部して間もない4月のことだった。

慣れないキャンパス、新しい人間関係、小難しい講義に疲れた俺は、大きな溜息をつきながら青い空を見上げた。窓の外には透き通るような青がどこまでも広がって、誘われるように気が付けば、遠い空の色を湛えた愛車に跨っていた。

黒を基調としたメーカー製のサイジャに袖を通した。入部してすぐに発注した洋南のジャージは、まだ手元に届いていなかった。引っ越しの際に箱詰めした段ボールの奥底から引っ張り出したそれは、なんだか肌に馴染まず不思議な気持ちになった。

先輩から教えてもらったルートを慣らしながら走っていると、春の柔らかな日差しが寂れた心をも温めてくれたようだ。次第にペダルを漕ぐつま先に力が入って、全身の感覚が研ぎ澄まされていく。

すっかり鈍っちまったナァ、情けネェ!!

思うように動かない体に心の中で毒づくと、持ち前の負けん気に火が付いた。どこまでも真っ直ぐに続くアスファルトを睨み付けると、前傾姿勢で全力でロードを繰った。グリップを握る手が熱い。筋力の落ちた足が悲鳴を上げたが、それすらも心地よかった。

通り過ぎる景色は瞬く間に色を変える。切り裂くような風を全身に感じて、自然と口元には笑みが浮かんだ。やがて青い木々に囲まれた緩やかな勾配に差し掛かると、遥か前方にロードに跨る人影が見えた。その背中はすぐに坂を下って見えなくなって、何故か追いつきたい気持ちに駆られて目一杯ペダルを回した。

息が切れて苦しい。

目もとに伝う汗を拭うのも惜しくて目を瞬くと、細い顎を伝って落ちた汗がフレームを濡らして、鈍い光を放った。ぴくぴく痙攣する足を鼓舞して走り続ければ、一番暑かった夏の日を思い出した。
ふと後ろを振り返りかけて苦笑した。

あいつらはもういない。

胸をよぎった一抹の寂しさから目を背けて、視線を前に向けた。下り坂で足を休めながら、きわどいコーナリングを攻めた。久しぶりの刺激的な感覚に心臓から血液が勢いよく流れ出すのがわかった。体を傾けながら急なカーブを曲がると、視界が開けたと思ったら、突然目の前が一面ピンクに染まって、思わずブレーキを握ってスピードを緩めた。

道路の両脇に、視界を埋め尽くすほどに満開の桜が延々と咲いていた。

目の前に飛び込んできた思いがけない光景に、呼吸すら忘れて感嘆の声を漏らした。胸を突き上げる感傷に目頭が熱くなって、柄でも無いと慌ててぎゅっと眉間にしわを寄せた。

すぐ近くに青いサイジャを身にまとった背中があった。

後ろから近づくホイール音に気が付いたんだろう。振り返ったヤツは俺を見ると嬉しそうに口角を上げた。

「金城!!オメーだったのかヨ!?」

隣に並んで威勢よく声をかけると、サングラス越しに微笑む瞳と目が合った。

「ああ、なんだか息が詰まって気晴らしに走りに来た。ここは桜の名所だそうだ。きれいだと思わないか、荒北?俺たちの門出を祝福してくれているようだ」

ひどくクサイ台詞なのに、そいつの口から紡ぎ出される言葉は耳に心地よくて、素直に頷く自分がいた。

「きれいだネェ…」

季節が作り出した幻想的な景色に見入っていると、横からすっとボトルを差し出された。

そういえば適当に走るだけのつもりで、何の準備もして来なかった。すぐに軽装備の俺に気が付いた、抜け目ない男に苦笑して、それを有難く受け取るとゴクゴク喉を鳴らして飲み下した。ひとごこち着くと、乾ききった細胞が瞬く間に満たされていくのが分かった。

「あんがとネェ」

「礼を言われるほどのことじゃないサ」

金城はボトルを受け取ると、そう言ってから真っ直ぐ前を向き、一段ギアを上げて加速した。連なって走ると風が花びらを巻き込んで、瞬く間に流れて消えていった。
 
 
零れ落ちそうな桜の隙間から光が射しこんで、ふたりの進む道を照らしていた。

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