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青八木が何やら一生懸命キャンバスに向かっていて、覗き込めば緑色の猫がいた。常識への挑戦らしい。
確かにキャラクターであればギリギリありかも知らんが、そこにいたのはリアルな長毛の猫。牙を剥き出して今にも鳴き出しそうな雰囲気がある。その毛並みのひと房ひと房が自然界にはクロロフィルでしか存在できなそうな緑色で、下町を背景にしている様がなんともちぐはぐであった。
「なんとまあ、光合成できそうな猫だな」
「……選択美術のテーマが『違和感』だった。でも、緑だと植物があるから、青にすればよかったかもしれん」
気持ちしょんぼりとしたような青八木だが、あのうねうね頭と違い、俺はあまり気持ちを察してやれないので気のせいかもしれない。
「緑で充分強烈だと思うぞ」
よくわからないフォローを入れてやるとありがとう、まっすぐこちらを見て礼を言う。
「公貴は選択、何だったか」
「俺は書道だ」
ひょいと昔懐かし書写セットを見せる。中の筆は違うが持ち運ぶと小学生の頃の姿が浮かび、少々気恥ずかしい。
「そういえば、日本では、綺麗な黒髪は緑の髪と言ったらしいな」
何となしに墨汁の匂いを掠めたときに、現国で教師が言っていた言葉を思い出す。
「緑は元々芽の色で、木の芽などのみずみずしさを湛えるような髪を緑の髪と言う」
「なんだ、やっぱり知ってたのか」
「いや、多分同じ単元の授業で聞いたんだと思う」
現国担当だが専門は古典だと毎度しつこく主張する教師を思い出す。日本語の美しさを語りながら、現代の言葉を嘆く言葉の数々はあまり美しい日本語とは言えない。
キャンパスに視線を戻すと、牙を剥き出した猫。ゆるりと巻いた毛と、誰にも負けないという意思のこもった瞳。
「じゃあこれは黒髪の猫だな」
ぽかんとした顔でこちらを見た青八木は、視線を手元に落とし、うむ、と少し考えてから再びこちらを向き、
「猫だから、黒髪は変だと思う」
と返してきた。至極真っ当なご意見だったが、既に黒髪の猫という響きが気に入ってしまった俺は、聞く耳を持たない。
「いいじゃないか、一。黒髪の猫、違和感しかないぞ」
「黒くもないし、髪じゃないし、違和感というより無茶苦茶だ」
困ったように嗜める青八木は適当な事を言う父親を持つ息子のようになっている。
三年になってずいぶん話すようになったものの、これ以上言葉を重ねさせるのも気の毒なので、心のなかで額縁を作っておく。
「これ、あとどのくらいで完成なんだ?」
「授業はあと二回だから多分あとはハイライトと背景の書き込み位だと思う。」
「そうか」
それきり、会話は終わる。次の授業に向けて青八木は広げた画材を片付け、俺は腕時計で時間を確認する。
緑色の猫は緑のままに、髪を靡かせて町を駆け抜けるのだろうか。それとも真っ黒な髪を緑に燃え立たせ、世界に吠えるのだろうか。そもそも居もしない猫の背になんとなく親しみを込めて、頭の中の額縁にタイトルをつけた。
その後、完成した猫の絵は、うねうねパーマが『ショ!』と書いた付箋を貼ったことにより、暫く二人の喧嘩の原因になったとのことである。全く、ろくな事をしないな。
B07『緑色の猫』の作者は誰でしょう?
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