- 縦書き
- A
- A
- A
- aA
- aA
それを目に留めたのは、たぶん偶然だった。
「……あ」
ぴた、と足が止まる。唐突に立ち止まった友人に気付いたのだろう、前を行っていた鳴子と今泉がふと振り返った。
「おん? 小野田君、急にどないしたん?」
「あ、ううん! なんでもない!」
慌てて手を振るその姿に二人は顔を見合わせ、なんだなんだと「それ」を見に近寄ってきた。ひょい、と今泉の手が後ろから伸び、棚にかかっていたものを取り上げる。
「……リストバンドか?」
「う、うん」
「なんや、何かと思ったわ。これがどうかしたん?」
鳴子が不思議そうに首を捻る。小野田は少しはにかむと、「うん」と頷いた。
「これ、総北みたいだな、って思って」
「……ほー?」
「なるほどな」
鳴子がからかうようににやつき、今泉が生真面目に感心する。友人二人の視線を受け、小野田は照れに少し身を縮めた。
――ある日の放課後のことだ。
誰から言い出したのだったか、ロード用品がそろそろくたびれてきたから、学校帰りにサイクルショップに寄ろうということになった。そうなれば行き先は自然と寒咲自転車店になるのが常だったが、そこで話題に上がったのが新しくできたスポーツ用品店である。寒咲自転車店ほどの品ぞろえは期待できないかもしれないが、敷地面積は広い。たまには目先を変えるのもいいだろう、とそちらに足を向けた。もしも欲しいものがなくてもそこはそれ、寒咲自転車店に向かえばいいのだから気楽なものである。
――小野田が足を止めたのは、そんな矢先のことだった。
三分の一が白、三分の二が黄色のリストバンド。インハイジャージよりは黄色が控えめだが、色の取り合わせはなるほど、総北のインハイジャージを思わせる。
「まっ、ごっつ似てるとは言わんけど、確かに似とるなあ。小野田君、ええ目ェしとるやないか。ナンボ?」
上から下からとっくりと眺めた鳴子がふふん、と鼻を鳴らす。値段をちらと見た今泉が「400円か。まあまあだな」と呟いたのに至り、小野田はなんとなく落ち着かないままに手を振った。
「いや、あの! 別に買いたいとかそういうんじゃないよ。ないけど、その、僕たちの色だし、あとほらここ、巻島さんっぽいなって!」
「はあ? 巻島さん?」
いきなり渡米した先輩の名が登場し、きょとんと鳴子は目を丸くした。その横で、何を思ったのか今泉が少し顔を顰める。
「小野田、流石に巻島さんレベルのセンスのリストバンドは使いにくいぞ」
「せやな、んな目を引くリストバンドどうしたらええか分からんからな……」
「え? 巻島さんは格好いいよ?」
子犬も慄くほど純粋な目で言ってのけた巻島シンパこと小野田は、しかし「でも、そうじゃなくて」と首を横に振った。
「ほら、ここのロゴ。緑と赤で巻島さんだなって」
パイル地の表面には大きくブランドのロゴの刺繍がされている。よくよく見て見れば、その刺繍糸は確かに暗い緑だった。ところどころアクセントで赤い糸が使われているあたり、確かに巻島を髣髴とさせる。それでも流石企業モノというべきか、巻島ほど毒々しくもなく、シックな格好良さに纏まっている――とは、賢明な二人は言わないでおいた。人間、言わなくていいことだってあるのである。
「ええんやないか? 小野田くん。買うたら?」
「え、でも今日別のもの買いに来たんだし……」
「別にいいだろう、四百円くらい。もし余裕がないならオレが貸してもいいぞ」
今泉の親切な申し出に小野田はぎょっと目を張る。今泉が小野田とは比べ物にならない程度に裕福なのは知っているが、それとこれとは話が別だ。
「そんな、悪いよ! それに、お金にはまだ余裕あるし」
「なら、ええやん」
「うん、そうなんだけど……そうじゃなくて」
「じゃあどうした?」
不思議そうな二人の視線に口ごもる。あの、えっと、その、と幾度か意味のない言葉を連ねても、二人は辛抱強く待ってくれた。その優しさになんだか泣きたい気分になりながら、小野田は大きく息を吸う。
「その! あのっ、二人が嫌じゃなかったらなんだけどっ! ――折角インハイジャージの色なんだから、三人で一緒のやつ買いたいなって!」
途端、ぐわっと顔に熱が上るのを自覚する。
――つまるところは、お揃い、だ。
小野田だって、これがどれほど恥ずかしいのかは分かっている。だって高校生だ。小野田の大好きな『らぶヒメ』の中の少女たちは同じようにグッズをお揃いで持っていたりするけれど、それ以外の作品の中でも似たような行為はよく見かけるけれど、それだって小野田たちよりは年下か、少女たちの話だ。
似合わないのは分かっている。寒い、と思われるのもよく理解している。
――でも。
そう言いよどむ小野田の前で、今泉と鳴子が顔を見合わせる。呆れられたのだろうか、と思えば更にいたたまれなくなって、小野田はそろっとリストバンドを棚に戻そうとした。頭の中はやってしまった、という後悔ばかりだ。
だが。
「ええんやない?」
けろりとした鳴子の言葉に、小野田は丸眼鏡の奥の目を瞬かせた。
「……え?」
「ワイはかまへんで。むしろ大歓迎や! まあ、このスカシともお揃いちゅーんはアレやけど、小野田くんもお一緒やししゃーないわ。目ぇ瞑ったる。それに、ずっとインハイジャージ着とるみたいでこう、グワーッなるしな!」
大仰に両腕を広げ、鳴子が豪快に笑う。さらりと「アレ」と貶された今泉は非常に嫌そうな顔をしつつ、ふん、と鼻を鳴らした。
「それはこっちの台詞だ赤頭。……だが、まあ、いいんじゃないか。総北らしいし、普段からつけられるし」
「お、お? 坊ちゃんのスカシはこんなん付けてもええん? 『……ふん。オレがこんな安っぽいもの、つけるわけあるか』ゆーと思うてたわー!」
「思ってもいないことを捏造するな!」
人聞きの悪いことを言われた今泉が鳴子の頭を軽くどつけば、「なァにさらしとんのやこのスカシ!」と叫んだ鳴子の蹴りが飛ぶ。そのまま軽い小競り合いをしながらも、両者しっかりとリストバンドを握りしめたままレジに向かう姿に、小野田は面食らいながらその後ろを追いかけた。
「あ、あの、二人とも、本当にいいの!?」
少し足を止めた二人が軽く目を丸くする。間をおかず鳴子が破顔すると、豪快に肩を組んできた。「うわっ!?」という小さな悲鳴は、呵々大笑に紛れて消える。
「遠慮すなや! お揃い上等、これでテンションあげて来年も優勝掻っ攫いにいくでー!」
「お前はその前に赤点減らす努力をしたらどうだ?」
「やかましいわ!」
一学期の期末が散々だった鳴子が即座に青筋を立てて叫び返す。一方、見事に優等生的点数を取った赤点ゼロの今泉は何食わぬ顔で「これください」とレジにリストバンドを差し出した。慌てて後から一緒にレジに出した鳴子に釣られ、小野田もリストバンドを会計に出す。
「ご一緒でよろしいですか?」
「「はい!」」
「あ……は、はい!」
威勢良く声を揃えた二人の後に、遠慮がちな小野田の声が重なる。誰が見ても仲の良い光景に微笑ましそうな顔をした店員がレジを通し、そして無事彼らの手元には総北カラーのリストバンドが渡された。
「よっしゃ! これで明日も気張っていくでー!」
「うん、鳴子くん、今泉くん!」
「おい、あまり店の中で騒ぐなよ……」
今泉がため息をつく口元は、少しだけ綻んでいる。
――なお、彼らのリストバンドにはいつの間にか、総北の校章の刺繍がこっそりと何者かによって縫い取られていたのだが、それはまた、別の話。
B01『青い春とは言いますが』の作者は誰でしょう?
- える子 (50%, 4 Votes)
- ヒライデ (25%, 2 Votes)
- 柏木ちさと (13%, 1 Votes)
- yumeji (13%, 1 Votes)
- 秋野 (0%, 0 Votes)
- 木本梓 (0%, 0 Votes)
- 如月葉月 (0%, 0 Votes)
- 清水 (0%, 0 Votes)
票数: 8

←A08『うちの』へ / B02『青は藍より出でて藍より青し』へ→