A08『うちの』

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 風呂上り、
「足、出して」
 そう言うと、ただでさえ大きな目をまん丸にして、幹は首を傾げた。
「足?」
「そ」
 座布団に座った幹が、足を投げ出す。この後は特に予定はないけれど、もしかしたら呼ばれるかもしれないから。そう言って、幹は浴衣ではなくハーフパンツ姿だ。私は寝相が悪いので、最初から浴衣という選択肢はない。幹のより少し丈の短いショートパンツの膝の上、幹の足を持ち上げる。
「綾ちゃん?」
「あんただってお疲れ様でしょ」
 最近まで、先輩の足だってお世話してきたのだ。足だけじゃない。腕も、背中も。同級生のも。私の体だって、後輩が、同級生が、いろいろ気にかけてくれていた。私たちの夏は、暑くなり始める頃に終わってしまったけど。
「痛い?」
「ううん、いた気持ち良い感じ」
 一瞬顔をしかめた幹の、足の裏の真ん中辺りを両手の親指でぐっと、強くなり過ぎない加減で押す。力を抜いて、入れて。2度ほどそうしたところで、
「綾ちゃん」
 幹が声をかけてきた。
「足なら自分でやれるよ」
 幹の足から視線を動かさず、私は口を開く。
「でも、自分でやるより人にやってもらったほうが絶対気持ち良いじゃん」
 足首を指ごと曲げて、伸ばして。それから
「私、これやってもらうの、めちゃくちゃ好きなんだよね」
 右足の親指の爪の付け根のところを、指の腹で押す。少しずつ場所をずらして、丁寧に。5本終わったら、次は左の足。
「じゃあ、次は私がやってあげるね」
「やった」
 笑う私の指の下、幹の足の爪は、私のそれと揃いの色で染められている。一昨日、アイスでも買おうかと二人で入ったコンビニで、なんとなく目に入って、一緒に買った。手のほうが目立つとは思ったけど、一応、学校が絡んでるし。足元はスニーカーだからバレないだろうって。まあ、風呂上りの今はさすがに裸足だから、部屋で誰かと顔を合わせるとなったらバレるんですけど。
「これくらい?」
「もうちょっと強くても、あー良い感じ」
 幹に足を預けて、私は行儀悪くその場に寝転がった。幹は丁寧に私が施した手順を追っていく。
「トップ、持ってきた?」
「うん。上から塗ったほうがいいかな?」
「そっちのほうが長持ちするだろうけど」
 会話とマッサージがほぼ同時に終わったところでドアがノックされて、幹が立ち上がる。私は自分の鞄を探って、トップコートと念のためにもうひとつ、小さな瓶を取り出した。
「綾ちゃん、古賀さんがジュースくれたよ」
「昼間よく働いてもらったのに、全く気にかけてやれなかったからな」
 幹の向こうに、今日一緒に働いた先輩が見えたので、私も立ち上がってドアの前まで移動する。
「いえいえ、それも承知でくっついてきたんで。でも、ありがとうございます、いただきます」
 幹を経由して渡されたジュースは、ひんやりと冷たい。
「オレたちも寒咲も助かってる。明日も暑いが、よろしく頼む」
「リョーカイです」
「寒咲も、頼んだぞ」
「はい。がんばりましょうね」
 ああ、と頷いた古賀センパイがふと視線を下ろし、それから目を細める。
「いい色だな、二人とも」
 真っ黄色の爪を見て、うちの色だと笑ったセンパイが嬉しそうだったので、私は
「センパイもどうです?」
 と誘った。
「遠慮する」
「まあまあ、そんなことおっしゃらずに」
「お兄ちゃんも塗ってますよ」
「マジで?」
 うんと笑顔で頷いた幹の様子に、お兄さんはなんだかんだ幹に甘いもんなあと思ったのと、古賀センパイがそんな感じの顔で小さくため息をついたのは同時だった。
「じゃあ二人とも、早めに休めよ」
「はーい」
「おやすみなさい」
 古賀センパイがくれたジュースは、風呂上りにスポーツドリンクと悩んで買わなかった100%オレンジジュース。スポドリより量が少なくてちょっと割高のやつ。
「今飲む?」
「明日の朝にする」
 部屋に備え付けの冷蔵庫にオレンジジュースを入れて、私たちは自分の足の爪を睨みつける。寝る前に、うちの色、を完璧にコートするという使命を、完遂するために。

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