A06『一周回ってまた、青』

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「おい真波、てめえ何で一年なんだよ」
 ハア? と部の更衣室にいた全員が銅橋さんの方へ視線を送り、そのまま流れるように真波さんへ視線を送った。なるほど真波さんは一年生の学年カラーである、青色の体育用長袖ジャージを着ている。真波さんは二年なので、えんじ色のジャージのはずだ。
「一年じゃないよ?」
「知ってるよ! ジャージの色の事だバカ」
「だから違うよ、これは三年」
 銅橋さんの頭の上にハテナのマークが浮かんでるように見える。気のせいだけど。でもリアルに首をかしげてる人なんて久々に見た。まるで犬みたいだ。
「お前が何言ってんのかわかんねえ」
「銅橋あのな、真波のコレ、東堂さんのジャージなんだよ」
 黒田さんの助け舟のような一言に、ハア!? と銅橋さんはジャージを二度見する。そして真波さんの着ているジャージの左胸に目をやる。左胸には確かに、白い糸で【東堂】と刺繍がされていた。
「……何で」
「体操着家に忘れちゃってさ」
「そうじゃねえよ! ンで東堂さんのジャージ持ってんだオメーは!もう 卒業したろ東堂さん!」
「ああ、そゆこと」
 まるでコントのような応酬だ。
 晴れた秋の日。学校が終わり、これから部活が始まろうというこの時間に真波さんがちゃんといるのは珍しい。そして今日はジャージの色がおかしい。そもそも制服を着ていない。聞けば六時間目の体育からそのまま着てきているようだ。どうせ着替えるからってことなのかも。銅橋さんと真波さんはクラスも離れているらしいので、このジャージの状態もさっき部室に入った時に見たらしい。スルーしないのは銅橋さんのいいところ…なのかな?
「えっとねー。東堂さんが卒業する時に、東堂さん、ファンクラブの人たちに制服のボタンとかいろいろもぎ取られちゃってたんだよ。記念にって。んで、オレにも何かくださいって言ったの。そしたら、ボタンもネクタイもないし制服はとっておくつもりなので、代わりにこれをやろうってジャージくれたの」
「イヤ意味わかんねえし! 何でジャージだよ!」
「寝巻にでもするといい! って」
「寝巻が何でガッコにあんだよ!」
「ずーっと部室のロッカーに入れっぱなしで」
「東堂さんが浮かばれねえだろ!」
「いや東堂さん死んでないから」
 泉田さんの厳しいツッコミが入った。確かにそうだ。

 うちの学校には……というか、わりかしどの学校にもあると思う学年カラー。うちの学校では上履きの色と、体育ジャージの色が学年カラーで分けられていた。現三年生……泉田さんたちが緑、現二年生……真波さんたちがえんじ色、現一年生……オレが青。学年カラーは三色で、三年生が卒業したらその色はそのまま新一年生が使うことになる。だから、現三年生が卒業したら次に緑を使うのはオレの後輩だ。
 このオレ、新開悠人は只今高校一年生。学年カラーは青。ということは、この間卒業した四つ年上の兄貴である新開隼人の学年カラーも、当然青。
 母は言う、楽でいいわねと。
 つまり母は、隼人くんのジャージをオレの洗い替えに使えと言っているのである。あ、もちろん上履きは丁重に遠慮しておいた。
 お金には困ってないはずなんだから新しいのを買ってくれと言いたかった。というか普通に規定枚数のジャージは買ってくれた。でも絶対に洗い替えは必要だし、寮生活では洗濯は自分でしないとならない。中学の時のように「母さんこれ洗っといて」は通用しないのだ。決してズボラなつもりはないが、うっかり洗濯を忘れることもあるだろうという母の懸念は正しいと思う。結局断りきれず、隼人くんの使用済みジャージはオレが貰うことになった。
「だけどこれ……着ることあるかな?」
 四月の入学直前にジャージを貰ってすぐに一度袖を通してみたら、ブカブカで袖なんか余っていて、いわゆる萌え袖になっている。ジャージのズボンの裾はひきずるくらいだ。当たり前だ隼人くんはスプリンターでオレはクライマー。体格が全く違うし、それでなくても四年の差はあまりにも大きかった
 あれから数ヶ月。インターハイも終わって今は十月。オレも身長はすっかり伸びたんじゃないかな? 測ってないけど。きっとそうそうブカブカではないはずだ。
「なーんて思ってたのにな~」
 まだまだ袖は萌え袖だ。ズボンの裾は多少短くなったと思うけど、まだまだ余っている。自転車乗りはスボンは太もものサイズで選ぶというだけあって、ウエストはゆるゆるのままだ。かといって太もものサイズがスプリンターのそれほど太いわけでもないクライマーのオレは足だってゆるゆるだ。ウエストゴムのおかげでなんとかずり落ちないけど、ゴムがゆるめばたちまちパンツ姿になるだろう。それだけは避けたい……。
 このジャージ、いつになったらぴったりに着られるようになるんだろう。三年になったら着られるようになるのかな。三年の自分なんて、今の自分からすると想像もつかない。でもきっと、その頃のオレは部の中心にいるんじゃないかな。部長じゃないかもしれないけど、でも三年だもん。
 ……もしそうなっていたとしたら、その頃、部はどうなっているんだろう?
「全く想像つかないや」
「ん? 悠人何か言った?」
「いいえなにも。そうだ葦木場さん、もう少しで引退なんですから、今日はオレと走ってくださいよ!」
「ごめん、今日はユキちゃんと塔ちゃんと走ろうって言ってるんだ」
「なァにつれねえ事言ってんだ拓斗! 混ぜてやれよ」
「そうだね。悠人も一緒にどうだい」
「あっ泉田さんオレとバシ君も一緒に走りたいです!」
「真波てめえ勝手に人の代弁するんじゃねえ!」
「えっバッシーは俺たちと走りたくないの!?」
「ぐっ…ハシリタイデス」
「アブ! 素直じゃないな銅橋は!」
 さあ、部活の時間だ!
 泉田さんがそう言うと、おう! とみんな声を揃えて応じる。みんな着替え終わり、自転車置場に向かう。
 こんな時間もあと少し。あと少しで先輩たちは引退してしまう。
 そうだ、思いついた。さっき、オレはオレが三年になった頃の部が想像つかないって言ったけど、訂正だ。オレが三年になった時、今みたいな素敵な仲間が側にいて一緒に走っていたらいいな。そんで、あの青いジャージを着て、兄貴のなんだって自慢してやるんだ。
 兄貴のこと知らないなら最初から教えてやってもいいな。箱根の直線に鬼がいたこと、知らないなんてもったいないもんね。

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