A02『色紙』

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たくさんの人が、それぞれの想いを込めて、色とりどりのペンで紙面を飾る。

「あ、そうだお前ら。卒業式に金城さんと田所さんに色紙渡すから、何書くか考えとけよ」
二月も後半になって、眩しさを増した朝日が部室に差し込む中で、手嶋さんが思い出したようにそう言った。
「色紙?何に使うんすか?」
「寄せ書きだよ。オレらのサイン書いて渡してもしょうがないだろ」
「っかー、これやからスカシは! どーせ書いた事ないんやろ!」
「バカにするな鳴子。オレだってそのくらい……」
「離任する先生宛てのとか?」
「……純太、思っても言ってやるな」
見るからに落ち込んでしまった今泉君を杉元君が慰める。手嶋さんはカラカラと笑って「今泉俊輔君、初めての色紙、上手に書けるかな?」なんて言って追い打ちをかけて、青八木さんと古賀さんが溜息をついた。
その横で、ボクもすごくドキドキしてた。
先輩に色紙を書くなんて初めてで、胸の奥がムズムズして落ち着かない。
たくさんお世話になって、書きたい事がありすぎて、なにを書いたらいいか分からないなんて、なんて幸せなんだろう。そう思う反面、名前の呼ばれなかったもう一人の先輩の事を想って、少しだけ……ううん、すごく、寂しい気持ちになった。巻島さんは、ボクが一番尊敬して一番お世話になった先輩は、半年も前にこの学校を卒業してしまった。もうすぐ来る卒業式に、その姿は見られない。だから色紙がなくたって、そんなのは仕方ない。
(……仕方ない、けど)
巻島さんは、今もずっとボク達の前を走ってくれているのに。そう思うとたまらなくなって、ぎゅっと唇をかみしめる。
その日の部活が終わった後、ボクは雑貨屋さんに寄って帰った。

翌日、放課後の部活が始まる前に、皆で色紙にメッセージを書いた。寒咲さんがいろんな色のペンを用意してくれて、どんどん色紙がカラフルになっていく。ボクも一生懸命考えたメッセージを書きこんだ。それが済むと、途端に心がそわそわと落ち着かなくなる。大丈夫かな、ボクの我が儘に付き合わせて、皆嫌な気持ちになったりしないかな。でも、どうしても、これだけは。
「よし、全員書けたな? それじゃ……」
「あ、ああああの、こ、これっ!」
手嶋さんがぐるっと皆を見回したところで、意を決して声を上げる。両手で差し出したのは、真っ白な色紙。恥ずかしさと申し訳なさで俯いているのに、皆の視線が集まっているのがはっきりと分かる。
「ま、巻島さんの分も買ってきたんです! よよよよかったら、書いてくれませんか!? ボ、ボク、手紙と一緒に送りゅので!!」
噛 ん だ !
まず真っ先に思ったのはそれだった。昨日あんなに練習したのに、ちっとも上手く言えなかった。しーんと静まり返った部室に、やっぱり、ボクの自己満足なんかに皆の手を煩わせちゃいけなかったんだ、と涙が滲んでくる。
「あの、すいませ……」
「なんだ、小野田も買ってきたのか」
「……え?」
驚いて顔を上げると、手嶋さんが困ったように笑いながら頬をかいていた。
「だから言っただろう、馬鹿め」
「うっせー公貴。部費は使えないんだからしょうがないだろ」
「……気を使わせないようにと思ったのが裏目に出たな」
眉間に皺を寄せる古賀さんと、それに食ってかかる手嶋さんと、やれやれと溜息を零す青八木さん。一年生は置いてきぼり。揃って首を傾げていると、手嶋さんが気づいて苦笑した。
「いや、それがさ。オレらも買ったんだよ、三人で。巻島さんの分」
「ええ!?」
「やっぱりさ。巻島さんも一緒に送り出したいなって」
そう言いながら手嶋さんがロッカーから取り出したのは、真っ白な色紙。
「一応巻島さんは退部済み扱いだから、部費は使えないんでオレら三人で割り勘したんだけど。それだとお前らが気にすると思って黙ってたんだよ。却って悪かったな」
「っいえ!」
「じゃーこっちは、ワイら一年の割り勘って事でええですか?」
「小野田、いくらだ」
「ちょ、ちょっと待って」
「あ、それならボクが計算するよ! 暗算には自信があるんだ!」
杉元君がそう言ってくれて、ボクは慌てて色紙の値段を思い出した。その間も、皆は巻島さんに何て書くかで盛り上がっている。誰も、嫌な顔なんてしていない。
(僕だけじゃ、なかったんだ)
きっと、金城さんと田所さんも一緒に送り出す事を喜んでくれる。そう思うと嬉しくて、じわじわと頬が緩んだ。そうして皆から少しずつ受け取ったお金を大事にしまって、色紙をテーブルに並べた時だった。
「……今更だけど、二枚あってもしょうがないな」
「来年用に取っておけばいいんじゃないか?」
「オレら貰えんの前提かよ」
確かに他の二人は一枚なのに、巻島さんだけ二枚なのはおかしい。やっぱりボクが余計な事をしたから……。
「そんなの、こうすればええですやん」
「あ、バカ! 鳴子!」
少し落ち込んだボクの横で、鳴子君が黒いマーカーを手に取った。そのまま、一切躊躇う事無く紙面にペン先を走らせる。今泉君が止めようとしたけど間に合わなかった。そして書かれた文字を見て、ボク達は揃って笑顔になった。

三月某日英国某所、午前六時
~♪~♪~♪
サイドテーブルに置いた携帯がメールの着信を告げる。
(……ダレショ、こんな朝っぱらから)
つまんねー用件だったら死刑ショ。そんな物騒な事を思いながら、長い腕を伸ばして年季の入ったガラケーを手に取る。最近はもっぱら東堂からのメール受信専用となっているソレだが、画面に表示された名前は。
(……手嶋ァ?)
珍しいを通り越して不安になった。飛び起きて内容を確認する。本文はなく、画像が添付されているだけ。速攻で開くも、古いせいで読み込みが遅い。じりじりしながら待っていると、十数秒後にやっと画面が切り替わる。
「ックハ」
画面いっぱいに表示されたそれを見た瞬間、思わず笑った。
小野田を真ん中にして、総北高校自転車競技部が揃い踏み。金城と田所っちの胸元には花が飾られて、そういや今日は卒業式だったと思い出す。そして、小野田の手には色とりどりのペンで書かれた色紙があった。携帯の画像では細かい文字までは読み取れないが、真ん中だけはよく分かる。赤と緑の、卒業式には似つかわしくない色で書かれているのは『巻島さんへ』。
わざわざ自分の分まで用意したのか。もうその場所にはいない、先に離れた薄情者だってのに。そう思うものの、当然ながら悪い気はしない。
そして、小野田の横で鳴子が得意満面で掲げている色紙にでかでか書かれた黒い文字を見た時は、正直泣くかと思った。
『卒業証書 巻島裕介』
本物はすでにもらって、実家に置いてきたはずだ。これはその代わりとでもいうのか。自分も”一緒に”卒業したのだと言われているような気がして―――本当にこんなのはらしくもないが―――気分が浮ついているのが分かる。
そこへ、もう一件メールの着信。
『午後四時(英国時間午前八時)より、卒業峰ヶ山レースを開催致します。どうぞ奮ってご参加下さい!』
今度はきちんと本文が打ち込まれ、添付画像にはすっかりサイジャーに着替えた部員達が映っている。現在の時刻は午前六時十分。着替えて飯食ってアップして、峰ヶ山に似た傾斜の山まで辿りつくまでの時間を計算する。午前の予定は全部キャンセルだ。動き出そうとして、返信してない事を思い出した。ほんの数秒考えて、手早く文字を打ち込む。
『エントリー№173 巻島裕介』
我ながら上手い切り返しだ。そう確信して、オレは鼻歌まじりに送信ボタンをプッシュした。
覚悟しろよォ、坂道、手嶋! まだまだお前らには負けてやらねぇッショ!

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