A01『おかえり!』

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 すっげえ気まずい。留学するつって一か月足らず。何が気まずいって出てって早々兄貴が帰国するってんで一緒にオレもついてきちまってるということだ。しかも、部室の前にいたりする。
 もちろん、オレだって帰国するからといって学校に行く気はなかった。さすがにあれだけ堂々と出て行って一時帰国しましたなんてダサすぎる。
 が、毎日、山に登るか家でロードのメンテをするか。暇を持て余しているのが母さんにバレちまった。で、暇なら学校の書類も帰国ついでにとりに行って来なさい、と言われちまって、断るに断れずに今に至っている。
 気休めだが、髪を染めてみた。黒に。一日もすればすぐに落ちるやつ。黒髪も悪くねえ。我ながら似合ってるっショ。あいつらもギャフンというに違いない。
「て、会わねえし。帰るッショ」
 踵を返し、そのまま部室から離れようとすれば、声がした。
 はは、田所さん、すごいです!
 坂道の声だ。部室の中は賑わっている。なんだか懐かしくなる。約一か月、いや、在学中も最後のほうは部室に近寄っていないから、離れていたのはそれ以上か。それなのにまるで昨日までここにいたような安心感があった。このままドアノブを回し、入っていきたくなる。だから、ここには来たくなかったのによ。
「なんで、オレはここに来ちまったッショ…」
 せっかく一区切りつけて出てきったつうのに、と自分にうんざりしつつ頭を抱える。
 それにあいつらだって、もう、新しい生活に慣れてるはずっショ。今更オレが出て行ったところであいつらを悪戯に混乱させるだけだ。
「あ、そうそう、巻島からこの間、連絡あったぜ」
 た、田所っち、何を言うつもりッショ。
 部室の扉に耳をくっつけて聞き耳を立てる。
「そうなんすか! なんて?」
「言葉が結構通じなくて苦労してるってさ。けど、結構楽しそうだったぜ」
「…そうですか」
 坂道の気落ちした声が聞こえた。
「……?小野田、あいつの近況だぜ? うれしくねえのか?」
「ええと、うれしいです。でも、その、こんなこといっちゃいけないのかもしれないんですけど」
 言葉を選んでいるような間があった。
「ちょっと寂しいですね」
 後輩の控えめな笑顔が脳裏に浮かぶ。
「巻島さんがどんどん遠い人になっていくみたいで」
 ここにいるけどな!と内心突っ込みを入れてみる。
 坂道はそこで一旦言葉を区切った。
 しんみりムードだ。
 益々出ていきにくくなったが、坂道の気持ちを思うとちらっと顔を出してやりたくなってくる。
「小野田…大丈夫か?」
「はい! 弱気になっちゃってすみません! 大丈夫です! きっと、巻島さん、今頃、登ってますよね。ボクも頑張らないと! 次、会ったときは成長したボクを見せたいですから」
 溌剌とした後輩の笑顔が浮かんだ。
「坂道…」
 帰ろうと思った。再会はまだ早え。あとに取っておくことにする。
 そっと扉から耳を離したところで、「おい、キミ、そこで何をしてるんだ」と声がかかった。隣のバレー部の顧問だ。
「えっと、違うんす。すぐ帰ります」
 だらだらと冷や汗が出てきた。自分の行動を振り返ってみる。
 深く考えなくても不審者だ。
「待ちなさい! 名前と連絡先を言いなさい!」
 必死に逃げようとするが、腕を捕られる。
「ええと、そのー、いや」
 まごまごとしているうちに、部室の中から「なんだ? 騒がしいな」という声がして誰かがこちらに来る気配があった。焦りながら、口を動かす。
 どうにか手を放してもらわないと、あいつらに見つかっちまう!
「不審なものじゃないっショ! この間までオレ、ここの部員で!」
「わかった! 話は職員室で聞かせてもらう!」
「違う! おっさん覚えてねえのかよ! 巻島ッショ! 自転車部所属だった巻島ッショーー!」
 部室の扉が開いた。
「巻島さん?」
「よ、よう…坂道、みんな」
「どちらの巻島さんですか?」
「え?」
「あ! 新しい部員の人ですか!」
 きらきらとした目をした坂道に手を握られる。
 は。
「見た限りだと二年生?ですよね? うわあ、うれしいです! 経験者ですか?」
「そうなのか?」
「は、あ」
 それなら早く言いなさいと顧問はなんだか納得したようだが、そんなことはかまっていられなかった。まともな声が出ない。
 鳴子からは「巻島って珍しい苗字やのに」と珍しがられ、田所っちからは「や、さすがに今の時期は入部はさすがにちげえだろ。部室、間違えちまったんじゃねえの? ここ、自転車部だぜ」といい笑顔で勘違いされてしまった。
「ちげえよ! オレは巻島裕介だー!」
 坂道の肩を揺さぶる。
 揺れながら「同姓同名なんてすごい偶然ですね」と無垢な笑顔を向けるばかりで巻島本人だと中々信じてもらえなかった。

 
「オレって一体…」
 わかってもらえたものの、あわや再入部させられるところだった。
 部室の隅っこでいじけていると田所っちが笑いながら声をかけてくる。
「巻島、悪かったって。いじけんなって…てか、髪の毛、紛らわし…んぐっ!」
「黙っとれ! おっさん! 巻島さん! 戻ってきはってすっごい嬉しいわー!」
「巻島さんー、…そろそろお話しませんかー」
 坂道の猫撫で声が聞こえる。
 仕方ないので振り返ってやると笑顔のみんながいた。釣られてクハッと笑っちまった。田所っちや坂道から囲まれて突かれる。ほっとする。なんてことはなかった。
 最初からオレはみんなに会いたかった。小細工はやめだ。
 黒髪もいいけど、やっぱりオレは玉虫色が一番ショ。

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