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「海水浴へ行かないか?」
金城に問いかけられて、荒北が思い浮かべたのは華麗に波乗りする自分。もちろんサーフィンなんてやったことはないが、要はバランスダロ。3本ローラーに乗れるんだからビッグウェーブにだって乗れるに決まってる。
一方、待宮が思い浮かべたのはデッキチェアに寝そべる綺麗なオネーチャン。いつもムサイ男共に囲まれてるけん、たまには息抜きも必要じゃ。
そんな先輩たちの顔を眺めて、黒田は俺のライフセービング術を披露する日が近いかもしれないと感じた。
「スイカ割りもやりたいですね!」
手嶋の提案に一同はおおっとどよめきをあげる。
青い空にはギラギラした金色の太陽が輝き、紺碧の海は浅瀬に近づくにつれ明るく透き通る。白波が打ち寄せる黄色い砂浜にポツンと置かれた緑と黒の縞模様の果実。一撃で真っ二つに割ってやれば、中からみずみずしい赤い果肉が現れる。
この極彩色。
これこそ日本の大学生の夏の色ではないか?
アスファルトの黒とセンターラインの白に囲まれたモノクロの世界から飛び出そう!
我先に部室を出て行こうとするメンバーを引き留めたのは、なぜか眉間にシワを寄せた金城だ。
「スイカを担いで自転車300kmは、さすがに最強の運び屋でもキツイだろう?」
「俺が運ぶのかヨ?」
「それより300kmってなんですか?海は目の前ですよね?」
この5人が通う洋南大学のすぐ側には大平洋が広がっている。
「ああ、ここから日本海までざっくりそれくらいだ。」
全員が、は?という顔になった。
日本海までって案外そんなもんか。
意外と近いネ。
自転車で行ける距離じゃのう。
そんな思考になるのは彼らが自転車競技部だからだ。
普段から、その店なら自転車で30分で行けるとか、考え方の基本単位は自転車。
渋滞にはまる車より自転車の方が速いと信じている連中だ。
「最初からロングライドって言えばいいじゃないすか。プレゼントをもったいぶって渡す子煩悩な父親っすか。」
そう、全員がプレゼントを貰った子供のようにウキウキしていた。
「けどヨオ、どのルート通っても山越えダヨナ。」
「そうだな、日本アルプスがたちはだかる。」
「えーっと、よく聞くのは確か北岳、木曽駒、奥穂高、だったかな。ワンダーホーゲル部の部室は隣ですし色々聞いてきましょうか。」
「アホか。ワンダーホーゲル部が登る道をロードで上れるかよ。強力か?自転車担いで上るのか?山小屋にお届けすんなら食料にしとけ。」
「エッエッエッ。スイカは最強の届け屋にまかせるかの。」
「黒田なら安心ダネェ。」
「こっちに振るのやめてください。」
「そんでエ?舗装された道でってんなら当然あそこを狙ってんダロ?」
「さすが荒北、カンが鋭いな。自転車で行ける一番標高の高い道路、乗鞍スカイラインを通過するルートはどうだ。」
反対する者のいるワケがない。みんな一番といわれるものが大好きなのだから。
超ロングライドに備えて自転車をメンテナンスするため手嶋が寒咲サイクルへ行くと、そこには一学年下の後輩3人が待ち構えていた。
「パーマ先輩聞きましたで自転車300km。行っこう!行っこう!死の山へ~ノリっクラっ!ノリっクラっ!ノリっクラ~~~。相変わらずマゾやな。」
鳴子が妙な感心の仕方をする。
相変わらずってなんだ?マゾじゃねーし、と手嶋は反論したかったが、笑顔の小野田に遮られた。
「あの、僕と真波君も高校卒業したら乗鞍行きたいねって話してたんです。なんといってもクライマーの聖地ですからね。帰ってきたら色々お話聞かせてください!参考にしたいので、TTタイムはきちんと計って教えてくださいね。」
悪気がないのはわかっているけど、さりげなくキツいこと言ってるぞ小野田。
「ちょっと待て。手嶋さんが乗鞍にたどり着くまでに200km以上あるんだぞ。そこまでの道中で前方に他チームが見えたら絶対に荒北さん追いかけたくなるだろ。黒田さんも止めに行くと見せかけて飛び出すだろ。上りが苦手な待宮さんは平坦で何かしかけてくるだろ。金城さんはムチャぶりオーダーだすだろ。ペース配分めちゃくちゃで疲労困憊満身創痍で挑まなきゃならないのがラスボス乗鞍だ。そんなタイムがなんの参考になる?手嶋さん、途中で足をついても誰もあなたを笑いません。」
「・・・今泉、おまえって相変わらずだな。」
「相変わらずってなんですか?」
今泉は心外だという顔をした。
「そういば青八木も心配してたぞ。そのメンバーだと手嶋は世話焼きの苦労の方が多いんじゃねえかって。」
寒咲がクククと笑う。
「ああ、青八木も一緒なら一睨みで勝手に動くヤツ止めてくれんのに。」
「無口先輩はメデューサかいな。」
「それなら荒北さんもこわ、強いし、色々お世話もしてくれますよ。」
「影で箱学のオカンって呼ばれてましたね。」
一同、強面なのに実は常識人で甲斐甲斐しく仲間の面倒をみる荒北を思いおこした。
超ロングライドに備えてルートマップの資料を借りようと箱根学園の寮に顔をだした黒田は、なぜか卒業したはずの葦木場に捕まった。
「俺だけ仲間外れズルい。」
身長2m超の大男が上からじとっとした目でみつめてくる。
「なんでお前がいんだよ?それに仲間外れってなんだよ?」
「ユキちゃんと純ちゃんでお出かけするんでしょ?」
その辺に気軽に遊びに行くみたいな言い方すんな。
「ユキは遊びに行くんじゃないよ。荒北さんとスイカをリレーするという重大な任務があるんだ。」
なぜかこれまた卒業したはずの泉田が現れた。
「つか、なんでスイカの話知ってんだよ?」
「スプリンターグループラインで待宮さんが教えてくれたのさ。」
スプリンターグループライン。そんなもんがあんのか。誰がメンバーなのかはあえて聞かないでおこうと黒田は思った。
それに、スイカは持って行きませんよ、待宮さん!現地で買えばいいでしょうが。何の罰ゲームですか。俺のサイジャは四次元ポケットですか。
「あー!黒田さん、ズルい!!」
なぜか今度は在校生だけど寮生ではない真波が現れた。
「なにがだよ?」
「俺だって乗鞍で坂道君と勝負したかったのに!!」
「勝手にすりゃいいだろ。」
「もちろん、そうします。俺たちは岐阜側からスカイラインを上って。黒田さんたちは長野側からエコーラインを上ってスカイラインを下るんでしょ。平均斜度はスカイラインの方が上ですよ。」
にっこり笑ってっけど、ケンカ売ってるとしか思えねえ。
「もう、黒田さんがきたら渡してくださいって言ってあったのに、誰も持ってってない!」
悠人がパタパタとやってきた。両腕にあふれるほどパワーバーを抱えている。
「隼人くんから差し入れです。」
スプリンターグループラインですね新開さん、わかります。けど、なんでスプリンターは俺のポケットが∞だと思ってんのかわからねえ!
大平洋から日本海まで超ロングライド、決行当日。
集合時刻に荒北が遅刻した理由は。
「ワリイ、ポリ公に捕まってた。俺の自転車だっつってんのに、なかなか信じてくれなくてヨオ。」
どうやら自転車泥棒と疑われたらしい。
それもそのはず、時刻は夜明け前の午前3時。
しかもこの雨。
普通の人は自転車に乗らない。
「全員揃ったところで、出発するぞ!」
元気よく声を張り上げる金城に、こんな状況でも中止はないんだな、さすが何があっても諦めない男、と思ったのは誰だったか。
洋南大学自転車競技部のこの夏のイメージは、真っ暗闇の真っ黒からスタートしたという。
D03『海は遠いかしょっぱいか』の作者は誰でしょう?
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