【E01】降り続く雨にボクたちは

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 2回目のインターハイに向けて、チーム一丸となって練習を重ねる6月。
 ボクたち総北自転車競技部は、梅雨時であっても練習のペダルを止めたりしない。他の陸上競技と違って、自転車競技に天候は関係ないからだ。
 5日も雨が降り続ける今、いつもより洗濯物が多かったり、濡れたシューズを乾かしたり、バイクのメンテナンスは晴れた日よりも大変だけど、これだけ続けて走っていると、雨の日の走り方のコツが掴めてくる。
 ボク、小野田坂道はみんなに比べて経験が乏しくてヘタクソだから、今降り続いている雨は雨の日のコツを体に染み込ませるための恵みの雨だった。濡れたアスファルトにも、打ちつける雨によって悪くなる視界にも慣れなくちゃいけないからね。
 けど、そろそろ晴れて欲しいなと願ってしまう。
 だって、一番気持ちいいのは青空の下、みんなと一緒に走ることだから……
 それに、みんなが雨続きでイライラしているのを日に日に感じていた。
 ボクは覚えることがいっぱいでイライラどころじゃないけど、チームの雰囲気が悪くなるのは絶対にイヤで、どうにかしたいけど全然思いつかなくて、起きてからずっと溜め息をついていた。
「小野田くん、おはよう。雨の日は濡れたまま授業を受けて風邪を引いたらアカンて、習慣になっとる朝練がないのはキツイわ。体がなまる~っ。まあその分、学校来るの遅くする代わりに早朝錬を長くしとるんやけどな」
 違うクラスの鳴子くんが、ボクのクラスのみんなに笑顔を振りまきながら、ボクの席まで来てくれた。
「お前、クラス間違えてるぞ」
 先にボクの席に来ていた今泉くんの一言に、
「間違えてへんわ!」
 鳴子くんが怒鳴った。
 通常テンションとハイテンション。雨の日恒例のやり取りに、ボクは2人とも朝から元気だなってニコニコしてしまう。
「小野田くんはご機嫌みたいやな。わかったで。朝、ウンコいっぱい出たんやろ」
「お前と小野田を一緒にするな」
「スカシには言ってませ~ん」
「言われたら困る」
 仲が良すぎる時と悪い時が両極端な2人が睨み合った。
「フフッ」
 ボクは声を出して笑ってしまった。
 どんな時でもライバルの2人って凄いな。気が合う時も仲が悪い時も息がピッタリで、一緒にいて楽しくなっちゃうよ。
「まあ、小野田が楽しそうなら別にいいけどな。お前、最近少しションボリしてただろう。朝も顔を合わせる瞬間まで落ち込んでたみたいだし」
 今泉くんに顔を覗かれて、ボクはドキリとしてしまった。隠してたつもりなのに、バレてたなんて恥ずかしい。
「ウンコ、何日分溜めとったんや」
 鳴子くんも心配そうにボクの顔を覗いてきた。
「真似すんな鳴子」
「それはこっちのセリフや」
 2人がまた睨み合う。
「2人とも、本当に仲良しだよね」
 つい禁句を口にしちゃったボクに、2人が声を揃えて、
「仲良くない!」
「仲良うないわ!」
 と叫んだ。
 う~ん、ここまで息ピッタリなのは仲がいい証拠だと思うんだけどなぁ。
「2人とも、叫ぶ暇があるなら手伝って」
 ボクが登校した時には、杉元くんとテニス部の橘さんと一緒に何か作業していた寒咲さんが、白い物体を鳴子くんと今泉くんに一個ずつ押しつけた。
 なんだろう。
 ボクは少しだけイスから腰を浮かした。
「なんや、この布」
「手の平と大体同じ大きさか。半分はパンパンに丸まってるな」
 2人が手にした物体を凝視した。
「てるてる坊主よ。これだけ雨が続くと、そろそろみんな、青空が恋しくなる頃でしょう。だから、部室に飾ろうと思って」
 寒咲さんが「ねっ」とボクに同意を求めてきたので、ボクはワタワタしながらも「ハイッ!」と大きく返事をした。
 過去、女の子と喋ることが全然なくて、未だに話しかけられると緊張して固まってしまう。ほぼ毎日寒咲さんと話してるし、橘さんとは挨拶しているのだから、そろそろ慣れてもいいはずなんだけど……。
 寒咲さんがクスッと笑った。
「出来たーっ! 綺麗に丸まったわ」
 一際大きな橘さんの声に振り返れば、笑顔で両腕を上げていた。
「いいですね。とっても丸いです」
 杉元くんがウンウンと頷いていた。
 顔を戻すと、ボクはハワッとしてしまった。
「確かに」
 今泉くんが至近距離でボクを見つめてきたからだ。
 目と目を合わせたまま、ボクはどうしてジーッと見つめられてるのかわからず、瞬きをした。
「そやな」
 鳴子くんもボクの目を見つめてきた。
 ボクはなんだかとっても恥ずかしくなって、居心地の悪さにモジモジしてしまう。
「こうして見るしかできない青空だけじゃ物足りんくなってきたところやしな」
 鳴子くんがやっとボクから顔を離した。
「で、何をすればいいんだ?」
 今泉くんの質問に、
「それはだね」
 寒咲さんの後ろから杉元くんが現れた。そして、持っている黒のマジックペンを指揮者の棒みたいに揺らした。
「顔を描いてほしいんだよ。うん、顔をね。どんな顔が一番いいか考えてたんだけど、これが本当に難しくてね、全然決まらないんだよ。全然。それでだね」
 話を続けようとした杉元くんを、
「せやったら」
 鳴子くんが遮った。
「黒も必要だが、青ペンも必要だろう。水色もあるといい」
 今泉くんが言い切った。
「なるほどね」
 寒咲さんがパンと手を合わせた。
 そして、チラリとボクを見た。
 えっ?
 何?
 ボク、何かした?
 頭の中がクエッションマークでいっぱいになってしまうボクに、寒咲さんがまたクスッと笑った。
「2人ともありがとう。そうね。これしかないよね。顔が決まったわ」
 寒咲さんは2人の手からてるてる坊主を回収すると、「2人とも、青と水色のマジックペンを借りて青八木先輩のところに行くわよ」と教室を飛びだしていった。
 遅れて、「えっ? ちょっと説明しなさいよ!」と、橘さんが白い物体を握って追いかけていった。
「え? ええ?」
 ボクと同じで何がどうなっているのかわからない顔をした杉元くんが、「校内を走るのは良くないよ。良くない」と速足で教室を出ていった。
「なるほど、青八木さんか。青八木さんは絵がうまいからな」
 両手を腰に当てた今泉くんが、1人でウンウンと頷いた。
「ワイらが描くより断然いいやろ」
 鳴子くんが腕を組んだ。
「描くなら、マニュマニュか湖鳥だよね」
 提案し損ねたけど、それしかないと思うボクに、今泉くんと鳴子くんがギョッとした。
 そして、
「「それだけは絶対にない!」」
 と、声を揃えた。
 なんだかんだ言いながら、やっぱり2人とも最高に仲が良くて気が合うんだね。
 否定されたのはちょっと悲しいけど、それ以上に2人が仲良しなのが嬉しくて、ボクはまた笑った。
 友達といるって、本当に楽しいね。
 
 3時間目と4時間目の間の休み時間。
 ボクは今泉くんと一緒に物理室へ向かっていた。
 いつもは杉元くんも一緒だけど、今日は日直だからと先に行ってしまった。
「あっ、小野田さん、今泉さん、お疲れ様です」
 偶然、出くわした段竹くんが頭を下げてくれた。
 少し離れていたところにいた鏑木くんが、「段竹、冗談はやめろ。なんでこんなとこに小野田さんたちがいるんだよ」と、こっちを見てボクと目を合わせると、顔を引きつらせた。
「なんでこんなとこにいるんですか!!」
 目を見開いたまま、鏑木くんがボクを指さして叫んだ。
 ボク、鏑木くんに何かしたかな?
 今泉くんを見上げると、今泉くんはやれやれといった感じに息を吐いた。
 鏑木くんの相手をするときの今泉くんは、いつもこんな感じだ。
「よりにもよって、今一番会いたくない人に会ってしまうなんて。しかも、思いっきり目を合わせてしまった。最悪だ。もう、我慢の限界ないのに……チクショーッ! 青空の下、走りてぇ~っ」
 よくわからないけど、ボクのせいで苦悩しているらしい鏑木くんの脳天に、今泉くんが容赦のないチョップを炸裂させた。
 途端、鏑木くんは頭を抱えて静かに蹲った。
「スミマセン。その、悪天候続きで色々ストレスが溜まってるみたいで」
 ボクへと何度も頭を下げる段竹くんに、ボクは「気にしてないから」と嘘をついた。
 本当は今、とっても傷ついた。
 初めてできた繋がりのある後輩で、同じレギュラーで、いつもは「リスペクトしてます」なんてボクを持ち上げてくれる鏑木くん。
 けど、それは建前だったのかな。
 平坦は鏑木くんのほうが断然早いし、大したことないとずっと思われていたのかな。
 胸が痛い。
 涙が溢れそうだ。
 そういえば初めの頃、頼りないとか言われたもんね。そっか、少しは好きになってもらえたかと思っていたけど、まだまだだったんだね。
 ゴメンね、勘違いして。
 ボクは溢れた涙をこっそりと指で拭った。
「小野田、今お前、激しく勘違いしてるだろ」
 今泉くんがボクにハンカチを差し出してくれた。
 ボクはそれを手に取ると、また溢れてきた涙を吸い込ませた。
「ありがとう。今泉くん」
 ボクは少しでも平気な振りをしようと微笑んだ。
 今泉くんはやっぱり優しいな。
「イキリ、このことは鳴子に報告してやる。今日の部活は覚悟しろよ。オレと鳴子が徹底的にお前をマークし、鍛えてやる」
 怖い顔をする今泉くんに、鏑木くんは悲鳴と雄叫びが合わさったような奇声を上げながら両手で髪を掻き乱すと固まった。そして数秒後、不敵に笑い始めた。
「わかりました。いいですよ。Wエースで来ようとオレが勝てばいいんですから!」
 叫ぶ鏑木くんの脳天に、
「エースはオレだけだ」
 今泉くんが手ではなく、今度はノートと教科書でチョップをかました。
 崩れるように鏑木くんがしゃがみ込み、頭を抱えながら震えた。さっきよりも痛いみたいだ。
「思いっきり好きにして下さい」
 段竹くんが深々と今泉くんに頭を下げた。
 
 昼休み。
 購買部でボクと鳴子くんはパンを買うと、お弁当を持った今泉くんと一緒に、今日はどこで食べようか悩んでいた。
 教室で食べるのもいいけど、今泉くんはカッコイイから女子の視線を集めちゃうんだ。
 反対から手嶋さんと青八木さんと古賀さんが歩いてくるのに気づいたボクは、ペコリと頭を下げた。
 遅れて、今泉くんと鳴子くんも頭を下げた。
「小野田、今泉と鳴子もどこに行くんだ?」
 いち早くボクたちに気づいた古賀さんが片手を上げた。
「よければ一緒に学食行くか? プリンくらいなら奢ってやるぞ」
 古賀さんの奢るに反応した鳴子くんが、「行きます! ついてきます! ワイ、プッチンなプリンが粉モンの次に大好きやねん」と目を輝かせた。
「小野田だって?」
 青八木さんと何か話していた手嶋さんはボクの名前に反応すると、正面を向いた。
 そして、凄い早さで走ってきて、ボクをガッシッと抱きしめた。
「悪い小野田。今、お前の目を真正面から見られないんだ。見たら、我慢できなくなって空に叫んでしまいそうなんだよ」
 よくわらかないことを言う手嶋さんに、ケータイを少しいじった青八木さんが歩いて追いつき、
「大丈夫だ純太」
 と、声をかけた。
「本当か? 青八木」
 「大丈夫だ純太」だけで何がわかったのかわからないけれど、2人の繋がりが深いことを知っているボクは、黙ってことの成り行きを見守った。
 顔を上げた手嶋さんに、
「ああ」
 青八木さんが頷いた。
「そういえば、青八木が朝にアレを描いてから、天気予報が一気に変わったよな。一日中雨のはずが、午後から晴れるってさ。小野田効果は抜群だな」
 古賀さんがボクの頭を撫でた。
 ボクに天候を左右する力なんてないし、特別何かをした覚えはないんですが……。
 どうしていいかわからずに立ち尽くすボクから、手嶋さんが体を離した。そして、見れないと言っていたボクの目を真っすぐに見つめてきた。
「小野田、お前ってヤツは~!」
 飛びきりの笑顔になった手嶋さんは、両手でボクの頭を撫でまわすと、またギュッと抱きしめてきた。そして、よくやったというように、ボクの背中を軽く叩いた。
「その気持ち、とてもよくわかります」
 今泉くんがコクコクと頷き、
「小野田くんの瞳は青空そっくりやからな。雨が続く日に見るとつらいんや」
 鳴子くんがニッと笑った。
「そうなの?」
 ボクは目をパチパチさせた。
 それが本当なら、もしかして鏑木くんがボクを避けた理由って……。
 ようやくホッとしたボクに、今泉くんと鳴子くんが笑みを深くした。
「でも待って、鳴子くん。他にも青い目をした人はいるよ。今泉くんとか」
「スカシの目は、スカシすぎて冷たい海の色や。青空要素なんて全然ありゃへんで」
 ガハハハハッと笑う鳴子くんに釣られてか、手嶋先輩と古賀先輩が声を上げて笑った。
 青八木先輩も、声は出さなかったけどボクにもわかる優しい笑顔になった。
 ボクもつられて笑顔になって、結局、笑わなかったのは今泉くんだけだった。
 
 放課後。
 雨は上がり、雲の切れ間から青空が顔を覗かせ、いくつもの天使の梯子という光りの筋が降り注いでいた。
 部室に行くと、メガネをした青い目のてるてる坊主が3つ、窓の前に吊り下げられていた。
「朝、青八木さんに描いてもらってすぐ、杉元くんに飾ってもらったんだよ。アニメの話で目を輝かせる小野田くんと、勝負の時の小野田くんと、幸せそうな小野田くんなんだって」
 解説してくれた寒咲さんの横で、青八木さんが腕組みをしてウンウンと頷いた。
「うまいですね」
 今泉くんはただただ出来栄えに感心し、
「ずっと飾っとったら、日本、カラッカラの砂漠になるんちゃいますか?」
 鳴子くんは真面目な顔でボケてくれた。
「青八木さんにこんな才能があったんスね」
 感心する鏑木くんの両肩を、鳴子くんと今泉くんが悪い笑顔をしながら掴んだ。
「手嶋さん、今日の予定なんですけど、みんなで峰ヶ山を登った後、オレと鳴子でイキリを徹底的にしごいていいですか?」
「小野田くんを泣かせたそうやな、イキリ。これはそのお礼や。ワイとスカシでお前をぎょうさん泣かしたる」
 楽しそうだけどちょっと怖い2人に、
「忘れてた!」
 鏑木くんが真っ青になった。
「許可しよう」
 手嶋さんの一言に、鳴子くんが盛大なガッツポーツを、今泉くんは小さくガッツポーズをし、鏑木くんはムンクの叫びの絵みたいになった。
「その前に鏑木、小野田に謝ろうか。そしたら、少しは2人に手加減してもらえるかもしれないぞ」
 手嶋さんがボクにウィンクした。
 ボクは「ハイッ」と返事をした。
 ハッとした顔をした鏑木くんが、深々とボクに頭を下げて謝ってきた。
 鏑木くん、ボクはもう全然気にしてないよ。
 雨が降り続いている間、ボクも思ってたんだ。
 早く天気が良くなればいいなって。
 そして、みんなと一緒にどこまでも走りたいって。
 
 ~おしまい~

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