【D01】頂上にはみせたい空

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珍しく遅刻をせずに部活にやってきた後輩が、弾むような足取りで近づいてきた。今日の練習メニューを確認していたオレは、塔一郎のおはよう真波、という穏やかな声で振り向く。
「黒田さん、良い天気ですね」
「そうだな」
窓から見える景色はただただ気持ちがいい。もっともな発言に頷くと、真波はオレを掬い上げるように見上げて笑顔を浮かべる。
「山登りましょうよ」
「オレと、か?」
「ええ」
思わず目の前の塔一郎をみてしまう。今日は、下級生のめぼしいやつらと走ってみようという予定だったからだ。さっさと断ればよいのだが、浮かべている笑みがあまりに邪気がなくて躊躇してしまった。ほっておくと一人でどこまででも走って行ってしまう真波を、野放しにするのも心配だが、部員たちをまとめる立場としては真波を優先させるべきじゃないのはわかる。
そんなオレの葛藤などお見通しなのだろう、塔一郎が先に口を開く。
「悪いな真波。今日のユキはボクが独占なんだ」
言い方!と睨み付けたのだが、塔一郎は気にした様子もなく真波をみている。素直にそっかと頷いた真波は、すっと身体を引いてもう一度大きく頷く。
「泉田さんならしょうがないですねえ。じゃあ、オレ山登ってきますね」
「まて!一人では行くなよ!」
何があるかわかんねえからな、と早速駆けだそうとする真波の首根っこをひっつかんで確認すると、ぱちぱちと瞳を瞬かせてことりと首を傾ける。器用だなあ真波は、という塔一郎の愉快そうな声をとりあえず無視して視線を強引に自分に向けさせる。
「一人じゃないかもしれませんよ」
「じゃあ誰と行くのか言っていけ」
「……え、えーっと」
口ごもる真波に、嘘つくんだったら少しくらい準備をしておけよと思わず突っ込むと、ダメだよユキそういうこと教えちゃあという塔一郎の真っ当な突っ込みにすまんと早口で謝る。
きょとんとした顔でおとなしくしている真波に、もう一度その目を見つめて確認する。
「いないんだな」
はい、とそこは素直に認める。こういう所が可愛いとか思ってしまうオレは、やはりこいつには甘いのだろう。口の中だけでぶつぶつと呟いていると、首元を掴んだオレの手を外そうともせずに笑う。
「いつも通りですって」
「オレの代わりを連れていけ」
「え?黒猫ですか」
やったー!と両手を差し出してくる真波のその手のひらをバチンと叩き落す。
「馬鹿、猫を自転車乗せたら可哀想だろうが!って、オレはオレであって猫じゃねえしどこにいるんだよその身代わり猫!」
「えっと、黒田さんから、こう、にゅっと」
ジャージの首元から長いものを引っ張り出すゼスチャーをする真波に、全力で突っ込む。
「でてこねえよ!なんだドラえもんか!!オレの懐はドラえもんの四次元ポケットか!」
「違うのか」
持っていくのを忘れたボトルや、タオル、欲しいと思ったものをいつも出してくれるじゃないか、と真顔の塔一郎にそれはオマエ相手だからだと言うのも照れくさい。
「ちげーよ!って塔一郎、そんな悲しそうな顔をして人のジャージの中を見ようとするな。真波はポケットに両手を入れるのやめろ!そこに猫は居ねえ!!」
「残念だな」
「じゃあどこにいるんですかー」
「残念じゃねえし、だからいねえっていってるだろ真波。あれで我慢しろ、おい銅橋」
どういうわけか二人揃ってボケ倒してくるのに、ツッコミが追いつかなくなって来た時に丁度いい姿が目に入る。
「はい、黒田さん」
「これを預ける」
「真波…っすか」
うわあ、という解り易い表情を浮かべたがその気持ちはわかる。この不思議チャンに振り回されているのをしょっちゅう見ているし、たぶんオレたちに見えてないところでもそうだろうな、と簡単に予想できる。
「銅橋、よろしく頼む。ユキはボクと走る約束なんだ」
「わかりました」
塔一郎のお願いなら即答なんだよなあ、と緩く笑うと申し訳なさそうにオレに小さく頭を下げる。まあ、そういう可愛げがあるからこういう対応の差も面白く思える。
真波はオレと塔一郎を見比べて、にっと笑うと身をひるがえして銅橋に飛びかかっていく。小さくはない真波が飛びかかってきたら、避けるのが基本だろうが、銅橋は慣れた様子で受け止め、驚くほど丁寧に地面におろす。
「やったあバシくん。今日は天気がいいから山に登るよ!」
「オマエは天気が良くても悪くても、山に登るじゃねえか」
その通りだな、と頷く塔一郎にオレも頷く。というか、それ以外の誘いをしているところを見たことも聞いたこともない。
「今日は特別。山頂から見る今日の空はとっても綺麗だよ」
絶対だよ、と言い切る真波は自分の言葉が間違っているなど一筋も思っていない潔さがある。
「なるほど。で、オレを誘ったのか」
「黒田さんそういうの好きでしょ?」
「ボクも好きだなあ」
「黒田さん最初に見つけてなかったら、泉田さんを誘うつもりでした」
目立つってすごいですねえ、と言われて最初に目に入ったのがこれかと自分の髪に触れると、なるほどなあと塔一郎が声を上げる。
「そうか。ありがとう真波。じゃあ、今日は空を見る日だな」
メニューに加えるかという塔一郎に、オレたち以外にそんな余裕があるならなと返しておく。
「じゃあ、今日一番高い場所に行ったら、空を見てくださいね」
「そうしよう」
「しょうがねえなあ」
「あ、バシくんもだよ」
「勝手にオマエが見せるだろうが」
「だってバシくん優しいから」
綺麗な空だねって言ったら、見てくれるもんねと真波に言われた銅橋がふわりと顔を赤らめるのに、塔一郎と視線を合わせてほほ笑みあうう。
「はあ!?」
そんな空気をはねのけるように銅橋が大きな声を上げるが、ほんわかした空気は変わらない。
「じゃあ、真波は銅橋と一緒な。頼んだぞ」
「よろしくなあ、銅橋」
「うっす」
「いってきまーす。行こ、バシくん」
「行ってきます」
手を振る真波と、きっちりと礼をして去っていく銅橋に軽く頷いてやると、なにやら騒ぎながら歩いていく背中を見送る。
「そろそろオレ達も行くか」
「そうだね。楽しみだな」
 
違う場所で同じ空を見上げるだなんて、なんて青春なのだろうか!

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