【C02】ミツバチの羽ばたき

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 おつかれ、なんだ荒北も山本さんのレポートか。持ち帰るの重いよな「流体力学」の教科書。どこまで書けてる。……提出期限って、日本標準時準拠だぞ。ハワイとかの二十三日じゃないぞ。まあ、がんばれ。挑戦することは自由だからな。飴をやろう。
 いや、そろそろ休憩しようと思ってたからいいさ。採点はからいけど、面白いよな山本さん。そうそう、正論パンチ。「遅刻を繰り返すということは、生活構造上に欠陥があるということでしょう。ハインリッヒの法則をご存知ですか」って待宮が真顔で詰められてるのを見ると、オレはおかしくておかしくて。
 ああ、それなりに容赦なく落ちるらしいな。航空機とか車メーカーの設計方面行きたい奴らは必須だから、いつまでも教室が狭い。オレ? オレは完全に興味本位の履修だから、気楽な身の上さ。
 なんだその顔。修行僧って何なんだ。風除けの恩恵を、思い切り享受している身としては、興味があったって不思議じゃないだろう。ほら、書いた書いた。「論文を書け、さもなくば滅びよ」だ。
 
 ……荒北、いきなり遠吠えするんじゃない。いいところだったのに、ひっくり返ったじゃないか。何がって、あるだろう、こう、頭の中のジェンガというか、将棋崩しみたいなやつ。ないのか。そうか。
 でもペース良さそうじゃないか。どこまで進んだ? ああ、骨組みはできてるのか。なら終わるさ。まあそりゃ、自転車のことは、触れた方が覚えはいいんじゃないか。あの人、チャリ部をよく当てるだろう。三十年来のロードレース視聴者らしいぞ。なんだ、知らなかったのか。流体力学の教授ってだけで、あんなに前待ち作戦の話はしないだろう、普通。
 うん、話してみると案外気さくだ。そうだな、オレはあの話が好きだな。「空気の抵抗は、粘度に近いものとして感じられる」だったか。覚えてるか。「それは体の小さな生き物ほど顕著で、蚊や蜂などは、はちみつの中を泳ぐのに等しい抵抗の中にある」、似てたか。もうちょっと一本調子だとは思うが。うん、はちみつの中を泳ぐって、すごいよな。なんとなく、叩くのがためらわれてしまう。ははは、こういうところが修行僧か。食い詰めたら托鉢でもしようか。
 
 ……んー、うん、うん? ああすまない、全然聞いてなかった。いや、今は書きながら話せる場所だからいい。そう、最後のとこだ。自分の体験に即して~って、ボーナス点になる箇所。随筆、って今日びなかなか聞かないよな。ボーナスとか言うわりに、実際に加点してもらった先輩が、二年前に一人? いたかいないかという、超難問だ。さあ、山本さんの趣味じゃないか。
 うん、まあオレに書けるのは自転車のことだな。そうだな、おまえに、ゴールを奪い合うための力を全部使い果たさせて、オレが体力を温存すること、そういう力関係の上にある勝利のこと。アシストをするための練習と、ゴールをとるための練習は根本的に違っていて、スタートした瞬間から役割が異なること。アシストの前に出た瞬間、空気の存在を思い知ること。うん、そういう当たり前のことばかりだな。難しいな文章は。二年ぶりの伝説に残るのは、なかなか骨が折れる。
 さて、よし、終わった。出してくる。なんだ、さっきから全然進んでないのか。まあ頑張れ。早く追いついてこいよ。

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