F08『たこ焼き大作戦』

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「たこ焼きとは地球や!」
 
高校から程近い場所にある児童公園。その片隅に置かれたベンチで、爪楊枝の刺さったたこ焼きを一つ掲げて、鳴子がそう叫んだ。ソースと青のりをまとった球体は、白い湯気を放ちながらつやつやと輝いている。
 
「そ、そうなの?!」
「何言ってんだお前」
 
隣で素直に驚く小野田を尻目に、今泉は溜息を吐く。
 
話は数時間前まで遡る。
 
季節は気づけば初夏。高校はテスト期間に入り、部活もしばらく休みになる。インターハイに向けてますます気合いの入る時期だが、本分は学生。勉強をおろそかにしていてはクラブ活動だってできない。今日から生徒達は図書館やそれぞれの家で準備に励む。今泉も例に漏れずそのつもりだったのだが、放課後、教室を出たところで小野田に声をかけられた。
 
「今泉くん!今日って暇?」
 
暇ではない。むしろ忙しいはずだろう。喉まで出かかったが、見上げてくる小野田の視線がいつにも増して輝いているように見えて、飲み込んだ。
 
「か、帰りに何か食べて帰らない?」
「買い食いか?」
「えっと、うん。ど、どうかな」

真面目な小野田から買い食いの誘いなんて珍しい。さては奴の差し金か、と今泉がその名前を口にする前に、自他共に認めるド派手な赤い頭のチームメイトが小野田の背後から現れた。
 
「小野田くん!スカシなんか誘ってもつまらんて!二人で行こうや!」
「でも、今泉くんもいた方が良いって…」
 
そう言われて、ノーとは返せない。何かぶつくさ文句を並べている赤頭を軽く叩いて「何食うんだ」と尋ねれば、小野田の両眼はさらに輝きを増した。
 
「たこ焼き!」
 
たこ焼き。食べたことが無いわけではないが、今泉にとっては縁の薄い食べ物だ。
 
「鳴子くんが美味しい店見つけたんだって!」
「しゃーなしや!スカシも特別に連れてったるわ!」
 
というわけで鳴子についてやって来たのが、今いる児童公園だ。たこ焼きは小さな屋台で売られていて、その前には少し人だかりが出来ていた。熱い鉄板の向こうには汗だくで生地をひっくり返している店主がいて、鳴子の姿を見つけると「また来たんか」と笑う。
 
「よー、おっちゃん!繁盛しとりますやん!」
「おかげさんで。なんや今日はツレがおるんか」
「鳴子くん、そんなに来てるの?」
「おん、お得意さんですわ!」
 
自分で言うなよ、とはしゃぐ二人を眺めながら今泉は内心ツッコミを入れた。
 
「おっちゃん!いつもの!」
「三人前か?」
 
いつもの、とは何だろう。小野田と目を合わせて、二人揃って首を傾げていると、目の前で舟の形をした皿にあっという間にたこ焼きが盛られていく。焼きたての生地の上に振りかけられたソースと鰹節。その熱い香りは男子高校生の胃袋を直撃してくる。
初夏の風と一緒に吸い込んだ途端に、ぐう、と腹の虫が鳴った。しまった、と今泉が慌てて腹を押さえれば、振り返った鳴子がニヤニヤと笑っている。
 
「なんや、もう我慢できひんのかいなー」
 
違う、と言い返そうと口を開くと「だって美味しそうで」と小野田が恥ずかしそうに両手で腹をさすっていた。今聞こえたのは、どうやら小野田の腹の虫だったようだ。
しかし、今泉の胃の中からは喉元へきゅるきゅると空腹を告げる音がせり上がってくる。
 
「ほい、三人前な」
「小野田くん、皿熱いから気いつけや」
「うん!」
「ほれ、スカシも」
「おう」
 
笹舟のような器の中には、熱々のたこ焼きが整然と並んでいる。立ち昇る湯気にますます食欲が湧いてきた。
 
「ワイのオススメ。秘伝のスーパースペシャル激ウマソースがかかってまーす!」
「ひ、秘伝!凄いね!」
「せやで!おっちゃんが長年の修行の末にたどり着いたホンマもんの味や!」
 
小野田は、両手で皿をうやうやしく掲げて鳴子の解説に聞き入っている。
 
「そない褒めても何も出えへんて」
 
からから笑う店主は、それでも鳴子の言葉が嬉しかったようでもう一人前を皿に盛って「出血大サービスや」と今泉に手渡した。
両手に熱々の笹舟を抱えて、まだ続いている鳴子の解説を「冷めるぞ」と遮る。さっきから腹の虫はもう限界だと切なく鳴き続けているのだ。二人に聞かれてしまう前にさっさと食べてしまいたい。
 
屋台から少し離れたベンチに三人並んで腰掛ける。店の前はまだまだ客足が途絶えない。
 
「ほんとに人気なんだね」
「小野田くんも食うたらわかるって!」
「でも、たこ焼きだろ」
 
確かに美味そうな匂いはするが、特別騒ぐ料理とは思えない。今泉としては他意の無い発言だったが、これに鳴子が「なんやてスカシ!」と立ち上がったのだ。
 
「ええか?!たこ焼きとは地球や!」
 
 
ここでやっと冒頭に戻るわけである。
 
 
「たこ焼きいうんはな、大阪のソウルフードなんや!これ食うたらみんな元気になんねん!パワーが出てきてごっつ早よ走れんねや!バカにしよったらワイが許さへんど!」
「バカにしたわけじゃない。つうか地球の話はどうなったんだ」
「忘れた!あれ台詞長いねん!」
 
急に飛び出した地球云々の話は、鳴子が最近再放送で見たアニメからの受け売りらしい。詳しい内容は忘れたらしいが、何のアニメだそれは。気になるだろうが。
 
「なんやカッコええから言うてみたかっただけやし」
「台詞くらいちゃんと覚えておけよ。そんなんだから毎回赤点ギリギリなんだ」
「ハア~?!誰が赤点じゃコラ!」
「ギリギリだろ!こんなところで買い食いなんかしてないで勉強しろ!」
 
今泉もたこ焼きの皿を抱えたまま立ち上がり、鳴子に詰め寄る。小野田が間に挟まれる形になるのはいつものことだ。小さな体をさらに小さくして、二人の様子を震えながら見ている。
 
「やんのかコラぁ!」
「上等だ!」
「ふ、二人ともやめてよ!」
 
鳴子がたこ焼きを持っていない方の拳を握り締めると、小野田が涙目になりながら割り込んできた。
 
「今日はそういうの無しだよ!鳴子くん!」
「いや、でも喧嘩売ってきたんはスカシやで」
「でも、今泉くんと三人で美味しいたこ焼き食べて、インハイに向けて気合い入れようって言ってたじゃない」
「わあー!それは言わんで良えって!」
 
二人の会話に今泉がきょとんと両眼を瞬かせていると、鳴子は決まりが悪いとでもいうようにベンチに座り直す。
 
「まあー、なんや、そういうことやから、たこ焼き食おうや」
 
小野田も何か言いたげに今泉を見上げていたが、うん、と鳴子の隣に再び腰掛けた。
 
期末テストが終われば、いよいよ本格的に夏が来る。三人で迎える二度目の夏だ。
買い食いに誘ってきたのは、鳴子なりの激励だったのかもしれない。小野田や、今泉や、自分に対しての。
 
なにせ、食べれば元気の出るソウルフードらしい。
 
手の中の皿は、出来立てのときより少しだけ温くなってきている。今泉は地球のように丸い一つに手を伸ばし、ひょい、と口に入れた。
 
美味い。
 
程よい硬さの表皮をぱり、 と噛み砕くと、中から溢れ出て来る熱くとろみのある生地。出汁がよくきいていて、するりと口の中に広がっていく。何といっても秘伝のソースだ。甘過ぎず辛過ぎず、生地の味わいを邪魔しない。そして、このプリプリのたこ。弾むような柔らかさに感動さえ覚える。
 
「美味いぞ」
 
今泉がそう言うと、食べる様子を伺っていた鳴子の表情が途端に明るく弾けた。
 
「せやろ!せやろ!美味いんやって!」
「うん!美味しい!鳴子くん、美味しいよ!」
 
これなら確かに早く走れそうだ。
 
「なんや今日は特別美味い気がするわ」
「三人で食べるからだよ、きっと」
 
満足そうに頷く小野田に、鳴子は「ええ~」と首を捻るが満更でも無さそうだ。
 
「俺もそう思う」
 
驚く鳴子を、小野田と挟むようにしてベンチに座る。
 
「明日は一緒に勉強するか」
「そうだね!杉元くんも誘おう!」
「何やねん…調子狂うわ」
 
口をへの字に曲げる鳴子と、にこにこと笑う小野田の向こう側。オレンジ色の空にたこ焼きみたいに丸い夕陽が浮かんでいた。
 
 
 
 

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