F04『天の岩戸と我らの太陽』

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「はっきよい、のこった、のこった!」
「うおおぉ――!」
「オラアア!!」
「いっけぇ新開!」
「負けんな荒北!」
「イケメン滅びろ!」
「モテヤロウはぶっ倒せ!!」
「荒北先輩お願いします!」
「ついでに東堂も滅びろ!」
「オイ! なんでオレまで巻き込む!?」
 即席の土俵と化した寮の廊下、輪の中心でがっぷり四つに組むのは新開と荒北だ。行司役の東堂がとばっちりで飛んできた罵声にかみつくが、それも周囲の声援にかき消される。
「けっ……こう、やるなァ、靖友!」
「ハ! 重けりゃいいっつうモンじゃネェんだよ!」
 スプリンターらしい筋肉をまとう新開に対し、ひょろりと細っこい印象のある荒北だが、運動神経の良さと勝負勘には定評がある。新開の力を荒北がいなし、荒北の技を新開がパワーで堪えて、勝負は白熱する一方だ。
「新開さん! 頑張ってください!」
 生真面目な泉田も、主役の片方が新開ということもあってすっかり雰囲気に飲まれている。隣では黒田が手に汗を握っていた。荒北に声援を送りはしないが、意地にかけて断じてしないのだが、つい眦に力が入ってしまうのは致し方ない。運動部の男は勝負事に燃えると相場が決まっているものである。
 それにしても、さて。
 ――どうしてこうなった。

 ◆

 ことの発端は新開だ。いや、福富と言うべきか。
「寿一、……寿一? 寿一! おい!」
「っせェ新開。福ちゃんがどーした」
 顰めた顔を突き出した荒北を、福富の居室の扉をせわしなく叩いていた新開が焦燥も露わに振り返る。
「寿一が閉じこもって出てこないんだ。鍵かけちまってるし、返事もない」
「ハァ!? たまたまイネェだけじゃねーの、トイレとか」
「見てきたけどいないし、さっき一緒に帰ってきて、これから食事だろ。出かける時間じゃないし、携帯も出ない」
 ちっと舌打ちした荒北が携帯を取りだしてコールするが、やはり応答はない。
「福富が出てこないって?」
「娯楽室にはいなかったな」
「飲みモン買ってきたとこだけど見てねーぜ」
「一年フロアのトイレにはいなかったす!」
「給湯室見てきた」
「食堂まだ開いてねーしな」
 騒ぎを聞きつけた部員達がわらわらと集まってくるが、情報を総合しても寮内に福富の姿は見当たらない。
「福チャアン!? 出てこいって!」
 荒北が派手に扉を殴るも、やはり一向に反応がない。
「なんかあったかな……ここんとこ元気なかっただろ」
 悄然と新開が肩を落とし、荒北がまた舌打ちをした。そういう新開こそ、レギュラーを辞退してからこちら覇気がない。だからこそ努めて新開と行動を共にしていた福富が姿を見せず、呼びかけにも応じないとなれば、確かに異常事態と言えるだろう。
「なんだ、煩いぞ。三年が不在とはいえ、目に余る騒ぎは――」
「東堂ォ」
「尽八!」
「うおっ?」
 遅れてやってきた東堂が、一斉に向けられた視線にたたらを踏んだ。口々に語られる状況を要領良く聞き取り、フム、と腕を組む。
「隼人や荒北が呼んでも反応がない? まるで天の岩戸だな」
「なんだソレ」
「神話にあるだろう。天照大御神が洞窟に閉じこもって出てこなくなる」
「どうやって出したんだ? 力ずく?」
「ストリップだな。だいぶエグいやつだ。居並ぶ神々も大歓声の大騒ぎ、天照がたまらずそっと覗いたところを、力自慢の大男がこじ開ける」
「え、やる?」
「何をだ。ストリップか? 誰がやるんだ、そして誰が喜ぶ」
「じゃあどーすんだヨ」
「そもそも例え話なんだがな……。まあ、神事になぞらえるというなら」
 ピッと東堂が指を立てる。いちいちウゼェ、という荒北のぼやきは華麗に無視された。
「相撲だろう」
 かくして、相撲である。

 ◆

 ズダァン! 豪快な音を立てて新開が床に転がった。
「ッシャア!!」
「おお、払腰一本!」
「それは柔道だな。勝者・荒北の海! 決まり手、二丁投げ」
 東堂がサッと手を挙げ、ギャラリーがやんやと荒北を称える。
「やったぜ荒北ァ」
「おめでとうございます!」
「よっ、ブスメンの星ィ!」
「アァ!? てめーもブッ倒されてーかァ!?」
 すっかり悪役にされた新開が、腰をさすりながら苦笑した。
「やられたなぁ。強えよ、靖友」
「ケッ、なまってんじゃねーの。こちとら毎日吐くまでペダル回してんだ」
「……いやぁ」
 一瞬言葉に詰まった新開だが、憎まれ口を叩きながらも差し出された荒北の手を笑って取った。
「ありがとな、いい勝負だった。次は勝つぜ」
「オウ……じゃねーよ! 福ちゃんだろーが本題はよ!」
「あっ、そうだな! ……やっぱりストリップ?」
「だから! 誰がやるんだオレはやらんぞいくら美形であろうとも! というか」
 こほんと東堂が咳払いし、くるりと反転する。
「フクならそこにいる」
「え」
「ハァ!?」
 東堂の指差した先、廊下に佇む人物は、確かに福富寿一その人である。
「アア? 福チャアン!?」
「福富さん!」
「ム」
「えっ、寿一、なんで!?」
「私用で出ていた。戻ったらお前達がオレの部屋の前で相撲をしていた。荒北、いい投げ技だった。お前は強い」
「お、オウ……じゃねェっつーの! なんで携帯出ねーんだ」
「部屋に忘れた」
「……あー、ソオ……」
「下足箱を確認すべきだったな」
 東堂の指摘に、そういえばと皆が頷いた。部活後、夕食前という時間帯と、福富の普段の規則正しさもあり、外出の可能性を除外していたのが敗因だ。
「……あー、良かったあ……」
 しゅるしゅると新開がしゃがみ込んだ。
「インハイから寿一元気ないからさぁ……うん、良かった」
 眉を下げて笑う顔を見てしまうと、早とちりと責めるのも憚られる――と感じたのは心優しき者だけだったようで、荒北がその尻を思い切りよく蹴り飛ばした。
「いてえ!」
「人騒がせなんだよ、てめーは!」
「荒北。気持ちもわかるが、もう夕食時だ。隼人の食い物関係の逆恨みは面倒くさいぞ」
「チッ! オラ、とっとと行くぞ」
「ごめんごめん、あとさんきゅ尽八!」
 大食漢の新開のみならず、痩せの大食いの荒北も食いっぱぐれたくないのはご同様だ。肩をぶつけ合うように食堂に向かう二人を泉田や黒田が追い、集まっていた面々も我先にと向かう。
「我々も行こう、フク」
「……東堂」
「ん?」
「外出するとお前には伝えておいたはずだが」
「そうだったか? すっかり失念していたようだ」
 自慢のかんばせに東堂が笑みを浮かべる。福富はため息をついた。この顔をしたこの男はもう食えない。
「天の岩戸の神話は、日食がモチーフだと言われているな」
 最後尾を並んで歩きながら、独り言のように東堂が呟く。
「その顔。主将辞退は却下されたか? 当然だ。見ただろう、あいつらの顔。望もうと望むまいと、お前がうちの太陽だ。沈みもするだろう、陰る日もある、だが闇にお前を食わせるな。岩戸に籠もるというなら、オレ達がどうでも引きずり出す。相撲も取るし、ご所望なら裸踊りもしてやろう」
「……神というなら、お前ではないのか」
「オレは山神だ、平地は荷が重い。お前に任せる」
 立ち止まった福富を、東堂が振り返る。
「オーダーは? フク」
 福富は唇を引き結ぶ。己の右手を見つめ、ぐっと握りしめた。
 顔を上げる。
「……まず、飯だ」
「承知した」
 東堂が笑う。
 そして彼らは、仲間の元へ歩き出した。

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