F03『Sweets of War!』

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誰が言ったか、秦野大戦争。
原因は毎回ただ一つ、二人の共通点それだけだった。
今日も今日とて勃発と相成った、そのことを知らせたドアを叩く音。
どうぞと軽く答えれば、ドアは勢い良く開かれた。
「もうっ、無理です!荒北さんでも抑えられません!」
そこにいたのは銀髪の後輩で、なるほど確かに今日は金髪のお調子者がいなかったなと頷いた。
奴がいればあのよく回る舌先でもってうまく丸め込むのだが、こちらに声がかかったとはそういう事だ。
向かったのはまず、全寮室にあるクローゼット。
取り出しうるは、奴らを鎮める聖戦への戦闘服。
所謂、エプロン、である。
予想はつくだろう。
つまるところ、そういうことだ。
ばさりと広げたそれを前にかけ、悠然と微笑んでみせた。
「今日はどちらがどちらのおやつを食べたんだ?」
微笑ましくも凶悪な、秦野大戦争勃発の原因はいつだって奴らのおやつが火蓋を切るのである。
そこから語られる苦笑いに塗れた声に耳を傾ける。
さてはて、本日の引き金や如何に。

◻︎◻︎◻︎

二人の間には空になったプリンの容器があった。
無言で睨み合う二人に食堂は静まり返っていた。
ぴりぴり張り詰めた空気の中で、漸く新開が口を開いた。
「なぁ寿一、これ俺が楽しみにしてたの知ってたよな」
重低音は怒りに埋れた酷いものだった。
食堂にいる人間の殆どが内臓を縮み上がらせる中、その声を向けられた本人はいつもと変わらない鉄仮面のまま無愛想に視線を横にずらした。
「知らん」
下手な嘘だと誰もが気が付く。
いやいやお前知ってただろ。
全員心の中で叫んで冷や汗を流す。
しんと沈黙を取り戻した食堂で、新開のため息が落ちた。
そしてがんと机を叩いた拳が響く。
空の容器がかしゃんと転がる音に、食堂内の人間はそそくさとその場から離れ始める。
「アー、その、福ちゃんもさ、何も知らなかったってのだけは、嘘だァな?そこは謝っとこうぜ」
そんな中、普段喧嘩となれば渦中にある荒北が、今回ばかりはぎこちなく間に入ってみる。
こうなった時、二人を野放しにするのは危険だと経験則が告げていた。
遠巻きに見守る寮生から静かなエールを送られつつ、荒北は恐る恐る二人の間に踏み込んだ。
福富を覗き込んだ先、しかし、荒北に目は向けられない。
新開にもゆっくりと刺激しないよう目を向けるも、こちらも見向きもしない。
どころか、二人は静かに重たく息をして眼球をお互いに突き刺しあう。
新開は机に叩き込んだ拳をそのまま持ち上げると、ゆらりと体を揺らす。
瞳孔を広げて低く呻いた声は、まるで動物が威嚇するようなそれだった。
あ、これはダメなやつ。
荒北は早々に野生の勘に従って、飛び退いた。
同時に新開の米神に浮き出た血管は、わかりやすく憤怒を見せつけた。
「OK寿一、さよならだ」
新開が振り抜いた拳を、福富が掌で受け止める鈍い音が食堂に響いた。
それを合図に完成した阿鼻叫喚に、荒北は天井を仰ぐ他ない。
始まってしまった。
それだけだった。
張り詰めていた空気が膨らみ弾けた衝撃に、食堂にいる生徒全員が大混乱へ放り込まれたのである。
「総員退避!退避ぃ!」
「今井はどこだぁ!」
「駄目だ!あいつ今日買い出し係!」
そうして目の前の大戦争に、沢山の悲鳴が混ざり始めた辺りで荒北は腹を括った。
もはや筋肉と筋肉のぶつかり合いと化した戦場へ飛び込む覚悟を決めたのだ。
「黒田ァ!」
よくよく呼びつける後輩の名前を叫ぶ。
思った通りまだ逃げていなかった勝気な後輩はなんですかとすぐに駆けてくる。
自転車を降りるとのんびりとした幼馴染とエースを無事に逃がした黒田は、落ち着きながらもどこか顔色に怯えを溶かして青くなっている。
それでも指示を待つ姿勢を崩さない黒田に喉を鳴らした。
横目を薄く向け、荒北はくいと顎をしゃくる。
「俺ァここで食い止める。お前ェは東堂台所に連れてけ」
黒田は直様頷くと、弾けるよう走り出した。
いつだって素早い判断で動く黒田は頼もしい後輩だ。
絶対に言ってやるつもりはないが。
そんな小さな褒めを腹に飲み下し荒北は足に力を込め、最後、飛び込んだ。
飛び交う筋肉の交戦に身を踊らせたのである。

おやつの恨み晴らさずいらいでか。

仁義なき秦野おやつ大戦争が勃発したのは、もはや日常とも言える光景だった。

◻︎◻︎◻︎

「全く、本当にお前たちは歯止めの効かん奴らだな」
食堂へ現れた東堂は、荒北からすればもはや神々しさすらあった。
東堂の後ろで控えた黒田も眩しく見えて荒北はようやく一心地つくことができたのだ。
だっはと息を吐き、床に座り込む。
二人が下手に怪我をしないよう立ち回るのも苦労があった。
怪我をしないさせないの理性が働くか上手い具合に急所は避けるものの、基本的には喧嘩に不慣れな二人である。
変なところで思い切りがよくあわや一大事という場面が何度もあった。
その度にいなせば心身共に疲労困憊、もうやめてくれという話だ。
東堂の手元から香るほこほことした優しい甘みに、無事二人は釣られる。
「尽八、今日は何だ?」
「うまそうだな」
取っ組み合う体制をぱっと崩し、いそいそ東堂に寄って行く二人に荒北はとうとう床に大の字だ。
そんな荒北の側しゃがむ黒田の手元にも籠がある。
寝転ぶまま摘まんだ中身は未だ温かい。
出来たてのそれをいただきますと早口に放り込む。
黒田は行儀の悪い荒北には何も言わず溜息でそれを黙認した。
行儀にうるさい東堂は福富と新開に掛かりきりで荒北を叱ることもない。
それをいい事にもっもっと、無心で口の中のおやつを楽しむ。
柔らかな甘みにもっちりとした食感が口内を埋める。
歯が沈めばほろほろ解け口内の熱でバターを香らせた。
思わず頬がほころぶ。
この素朴でふんわり広がる甘味は逆立った神経を和らげてくれる。
素直に美味しいものは人を癒すものだと感心した。
黙々と食べる荒北を他所に、東堂は最後、仕方のないように肩を落とす。
そうして戦犯者二人の口にそれぞれお手製おやつを放り込んだのである。
「ジャガイモで作ったスイートポテトだ。お前たちの分には薄くアプリコットジャムと蜂蜜を塗ってある。俺と黒田の共同制作だ。心して食えよ」
東堂の言葉に荒北も立ち上がり近付くも、お前には甘いぞと遠ざけられるので頂くことは叶わなかった。
次から次に消える特別製のスイートポテトを見送りながら、荒北はまた黒田の籠へ戻る。
しかしてわらわらと集まった寮生達が、俺も俺もと手を伸ばすもので二つ目は叶わない。
少しの残念さを抱えつつも、先程までの乱闘騒ぎが落ち着いたことにほっとする。
大抵この流れである。
問題の二人がおやつで喧嘩をして、そして今井がいれば今井が秦野のよしみで宥めて終わる。
今井がいなければ東堂だ。
その才能をいかんなく発揮し見事なおやつを完成させ宥めてくれる。
単純なもので、奪われた分が返ってくれば二人ともそれ以上暴れたりはしない。
本当におやつに関しては赤ん坊なまでに思考回路が幼い二人だ。
いい加減にして欲しいと思いつつも、こうなるのも仕方ないともわかっていた。
甘いのだ、二人とも、互いにおいては。
一種のストレス解消なのでは、というのが東堂の苦笑混じりの見解であった。
大らかに受け止めた東堂を思い起こしつつも、荒北は勘弁してくれと思う。
許される前提で周りを巻き込む大戦争に、振り回されるこちらの身にもなって欲しい。
荒北は溜息をついた。
散々だ、そう思っている。
それでも、放り出せないのは。
「うっまいなぁ。やっぱり尽八のおやつは最高だ。なぁ寿一」
「あぁ、東堂は料理もうまい」
ほこほこ花を飛ばして頷きあう二人の表情は穏やかだ。
普段部活では抜けのない二人の、こういう部分が嫌いではないからなのだろう。
気が付けば仲直りをして二人でうまいと笑い合う。
そうなれば、仕方のない奴らめとこちらまで笑ってしまう。
そんな自分がいると荒北は知っていた。
かくして本日もまた口元は解ける。
「お前ェら、ほんと甘ェもん好きね」
同時に頷く二人のシンクロにやっぱり噴き出した。
互いに甘い二人の喧嘩はいつだって、甘いものを原因に甘いもので収束する。
そんな甘ったるいものばかりでできた終戦記念に荒北はまた手を伸ばす。
今度は東堂も差し出してくれた甘めに作られたスイートポテト。
それは想像よりもずっと甘い出来でいて、荒北を悶絶させたのだった。

そんな穏やかな終戦記念日より、早三日後。

今度は新開が福富のリンゴムースを食べた事で起きる大戦争を、まだ誰も知る由もない。

おやつの恨み晴らさずいらいでか。

仁義なき秦野おやつ大戦争は、まだまだ続くのである。

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