E08『太陽を喰らう』

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 オレンジ色の景色の中、海に沿って一列に並んでペダルを漕ぐ。
「純太、大丈夫?」
 海に向かって傾いていく太陽を横目に、時間と純太の体力の両方の意味を込めて聞く。
「このままのペースなら間に合う、大丈夫」
 二つ分の答えと上を向いた親指に再び前を見てオレたちは稲毛海岸を目指した。

「っはぁ……部活あとだとやっぱり疲れるな」
「ああ。足プルプルしてる」
 砂浜に座り込み見上げた空は黄色から藍色へと見事なグラデーションを描いていて、その中で輝く太陽は丸くえぐれて歪な形をしていた。
「欠けてるな」
「ああ」
 まだ日がある国では皆既日食になるらしいけど、日本では日没間際に始まり最後まで見ることはできない。それでもアイウェア越しに目を眇め太陽と月が織りなす天体ショーを眺めた。

 眩しい、燃える、熱い、夏

 まるで連想ゲームをしているみたいに次々に言葉が湧く。

 暑い夏……インターハイ

 最初で最後のインターハイ。昨年は先輩たちや一年が気持ちを乗せて繋いで走りてっぺんに登りつめ王者となった。
 今年は全国から集まった猛者たちが、特に箱根学園がオレたちを王座から引きずり降ろそうと挑んでくる。
 燃えるような夕焼けの真ん中で黒い月影にじわじわと侵食されて海に沈む太陽がインターハイで追い詰められる自分たちを暗示しているみたいに思えて、連想ゲームは悪い方へと転がって膨らんだ。
 今まで何度も感じ、その度にペダルを回すことで押し込めてきた焦りや不安に押し潰されそうになって、すがる思いで隣に目を向ける。
 純太は饒舌な口を固く閉じて微動だにせず、静かに真っ直ぐ前を見つめている。
 欠けていく太陽になにを想っているのだろう。同じように叫び出したいほどの不安を感じているのだろうか。
 そう考えたところで顔の半分を隠すアイウェアのせいで表情も考えも読み取ることは出来なかった。

 太陽が沈みその名残が水平線に細いラインを残すだけになって、やっと純太が口を開いた。
「サイクルタイム見たか? やっぱりハコガクはすげえよ。注目度も期待値もうち以上で、負けても尚、王者なんだって思い知らされた」
 ずっと黙っていたせいか、声は少しかすれ怯えているみたいに震えて聞こえた。
 二人で不安がっていたらダメだ、なにか言わなくちゃ。
 鼓舞する言葉を探していると、意外にも明るく風呂上がりみたいにサッパリとした声が耳に届いた。
「でも今日あの月を見て、挑戦者でもいいんだって思えた」
「え?」
 外したアイウェアを両手で転がしながら純太は吹っ切れたような表情をしている。
「でっかい太陽に噛りつく月。そのほうが俺たちらしくないか?」
 純太が太陽ではなく月を見ていたのだと知って慌てて西の空に目を向けたけど、暗くなった夜空にその姿を見ることは出来ない。だからまぶたを閉じて網膜に焼き付いた影を見れば、確かにひと口噛じられたようにも思えた。
「諦めずにしがみついて齧りついて、最後は太陽を覆いつくす。そんな姿がオレたちっぽいなってさ」
 単純だけど純太の言葉に心は軽くなって、さっきは不穏な存在に思えた月が、敵いそうにない大きな敵に挑んでいるみたいに思えて親近感が湧いた。
「もしかしたら、太陽は総北でもハコガクでもなく、インターハイそのものなのかもしれない」
 ふとした思いつきを口にすれば、純太は丸くした目を細めてオレの背中を叩く。
「その発想は無かった。けどそうかもしれないな」
 純太がいたから思いついたと言うには、弱気になっていたと自分のことまで話さなくちゃいけない気がして恥ずかしかったから、バレてるかもしれないけど黙って頷いた。
 立ち上がった純太を目で追うと輝く星空を背負い、「あいつ等には内緒な」と悪戯っぽい目で顔の前に人差し指を立てた。
「『ワイらが月やて、そんな弱気でどないするんですか!?』とかって煩そうだからな」
 鳴子なら確かに言いそうだ。そして純太のモノマネは凄く似てた。
「ああ、純太」
 オレの声に被さるように獣の唸り声に似た音が響き、純太と同時に腹を押さえて顔を見合わせ笑う。
「なんか食ってから帰ろうぜ」
 空を押すように伸びをして歩きだす純太の足跡を踏みながら、決して屈強とは言えないけど頼もしい背中を追った。
「なに食う? ラーメン、カレー、牛丼にスパゲッティー……」
 不思議なリズムに乗せて歌うような声にひとつの提案をのせる。
「ハンバーグ、目玉焼きが乗ってるやつ」
「おっ、まずは一口サイズの太陽から? そりゃいいな」
 夕焼けみたいに色鮮やかな黄身がとろりと絡まるハンバーグを想像して溜まった生唾を飲み込んで、太陽目指して駆け出した。

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