E05『チーム二人、改め。』

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「…ごま団子」
「えっ、ごで返してくんのか…えーと、ごま豆腐!」
「……ふがし」
「なぁ、青八木今日は随分チョイス渋くね?えーと…し、ししゃも」
「……もも」
「マジで今日同じのばっか返してくるな!待てよー、もー…」
「オイ、そこのチーム二人改めチームご飯」

 とでも呼べばいいのか?と付け足しながら、古賀は部室内で繰り広げられていたしりとりを遮った。合宿も終わって梅雨も明けた七月の夕刻。日はなかなか落ちずに室内もまだ明るい中で、青八木の視線はロード雑誌に落ちたまま。後輩たちは帰路についた三年生だけの部室で、手嶋はいつもの癖でペンをくるくると回しながら古賀へと視線を向けてはわざとらしく眉を寄せて笑ってみせた。

「違ぇの、口に入れられるものしりとりしてるだけだっつの」
「ずっと聞かされてるオレの身にもなってみろ。大体何だ口に入れられるものしりとりって」
「いやー、三年になってスプリンターとクライマーになったらさ、一緒に飯食いに行ってもボリューム合わねぇの!けどそれで節制とかさせたら本末転倒だし?けどオレには食える量の限界があってさー…あ、も、もちごめ、な」
「まぁ、平坦屋と登り屋じゃそうだろうな」
「……純太、めんま」
「さっきもま来なかったっけ!?うーん…舞茸!」

 器用に会話の隙間をぬってはしりとりを続ける手嶋と、あくまでマイペースを崩さない青八木。二人を交互に見やって肩をすくめながら溜息ひとつついて、古賀は整備用の道具を箱に戻した。

「なるほど?せめて喋りの中では同じボリュームを…とでも言ったところか?」
「さっすが古賀!いやーオレたちチーム二人だし?」
「…ケーキ」
「えーと、キーマカレー!…まぁ詭弁とか言われりゃそれまでだけどよ、こう、何ていうのかさ」
「……れ、でいいんだよな…練乳」
「会話の中でも同じだけご飯食べられてるのも結構嬉しいってか楽しいってか…うー、うな重!どうだ!」

 う、を、う、で返した手嶋が、ぱちんと指を鳴らして満足げに青八木を見やる。雑誌から顔を上げ、少しだけ考え込んで、青八木はゆっくりと唇を開いて返した。

「………ういろう」
「だー!うっそだろ返してくんのかよ!」
「心底楽しそうだな、そこのチームご飯、というか純太」
「いやコレ意外と熱くなるんだよ、公貴も今度一緒やるか?えーっと…ウーロン茶!」

 口に入れられるもの、とは飲み食いを示すらしい。液体を指定してきた手嶋に特に異を唱えることなく考え込む青八木の横顔に、随分喋るな、と古賀はしみじみと考えた。部室の隅から一年半としばらくの間自転車競技部をよくよく見てきたつもりであるので、今日の青八木は饒舌と表しても差し支えないだろう。
 対して常日頃からうるさいほど饒舌な凡人は、どうにも旗色が悪いらしく自分の不利有利にくるくると顔色を変え続けている。合宿の意趣返しではないが、敵の敵は味方なので青八木を応援したくなるのもある意味理屈どおりというものだと古賀は思った。

「………」
「お?ギブか?青八木ギブアップするか?」
「…ん、ン、あー、焼肉とか、食べたいよな、青八木?」
「!…純太、焼肉!」
「あー!ずっり!それ卑怯じゃねぇ!?」
「煩い凡人、別にオレが加担してはいけないルールなんざ決めてなかっただろう?ほら」

 早くしろよ、と歪んだ笑みを向けてやれば、子供のように頬を膨らませながら、それでも急遽決められたルールさえ楽しむように、にんまりと笑みを返してくる。手嶋という凡人は、頭脳戦が大好物なのだ。このしりとりに並べられた何十通りの口に入るものよりも、知恵比べのようでもある競い合いを、綺麗にカットしてよく咀嚼して味わって、美味しく飲み込むだろう。自他共に認めるロードの凡才でありながら天才にも勝つ手嶋純太という男は、策士にして脚以上に頭の回る男である。先の合宿でしてやられた古賀と、ずっとそれに支えられてきた青八木は、本人と自分たち以外の誰よりもそれを理解している自信があった。

「ひっで、公貴はオレより青八木がお気に入りなんだなー、知ってたけど!く、クッキー、な」
「気持ち悪い言い方をするな、解って言ってるんだろうけどな。あと、その言葉の通りだ、文句あるのか」
「べぇっつにぃ~?…き、結構出たもんな、い、でもいいぜー青八木」
「…なら、いもけんぴ」
「ほんっと今日のチョイス渋いよな!ぴ…あ、ピカタ!」

 古典的な和菓子を食肉の卵液焼きという洋食で返しながら笑ってペンを回す手嶋を見ながら、さて、と古賀はある感想を口にする。

「…というかな、お前らのやりとり聞いてると凄く腹が減るんだが」
「わー公貴きぐうー、オレもちょう腹減ってきたんだわ。やべーよなこれ」

 ははっと笑う手嶋の声に被さるように、二人の間を、ぐぅ、と青八木の腹の音が渡っていった。

「……田所パン。おしまい、食べに行こう。オレも腹が減った」

 少し気恥ずかしそうに伏せ目がちになる青八木の表情に、手嶋はペンを筆箱に直して背伸びをひとつして満面の笑みを返しながら立ち上がった。

「だな!田所さんにうんと美味しいパンオススメして貰おうぜー!公貴も用事ないなら行かね?」
「用事があったらこんな時間まで残ってるもんか。で、勝者から労いのパンはいくつ出る」
「はっ!?ふつーこういう時は負けたヤツが奢るとかにならねぇ!?」
「…純太、オレも、勝者からの労いが欲しい…のぶれす・おぶりーじゅ…」
「意味違うよな多分な?!…あー、解った!150円までの一個ずつな!」

 チーム二人、改めチームご飯は今日はチーム三人であるらしい。部室から立ち去る音に楽しげな話し声を乗せながら、三人は少し涼み始めた初夏の道を馴染みの先輩の店へと歩き始めた。

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