E04『繋がる思い』

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レギュラーミーティングの時間まであと十分。いつもより少しだけ騒がしい部室に入るとそこには三年生が勢揃いしており、泉田は遅れてしまったと慌てて頭を下げる。
 
「すみません!遅れてしまいました…!」
「いや、まだ時間前だ」
「今日はオレ達の学年は早く授業が終わったからな」
「気にしなくていいんじゃナァイ」
「そ、そうですか…?」
 
そうは言われたものの真面目な性格の泉田は肩を落としており、それを見た新開は鞄の中をゴソゴソと探し出す。取り出しのはチョコバーだ。ただし外袋に大増量!とデカデカと書かれたお徳用パックのようで、中から個包装されたひとつを取り出すと泉田に差し出した。
 
「落ち込むなよ、泉田。おめさんは何も悪くないだろ?」
「は、はい。でも…」
「たまにはオレたちが先に来て迎えてやりたかったんだ。泉田はいつも早いからなぁ、ようやく叶った感じだな」
「そんな!後輩としては先に来て準備をしているのが当然で…!」
「はは、それ真波が聞いたら何て言うかな」
「どーせ『わぁ、泉田さんえらいや~』とか言うんじゃねーノォ?」
「全くアイツは…何度言っても聞きやしない」
 
周りの話が進んでいく中、泉田は新開に差し出されたお菓子を遠慮がちに受け取った。ニコリと笑った新開は泉田の頭をポンポンと叩くと、そのまま周りにもお菓子を配っていく。途中で真波がのんびりとやってきてスルッと輪に入るのも最早いつも通りだ。
ここにいるのは全部で六人。そしてお菓子は八つ。どうするかと迷ってるうちに福富が残りを手に取り、泉田と真波の手のひらに乗せた。
 
「え、福富さん…?」
「わぁ、いいんですか?」
「構わん」
「さっすが寿一」
「後輩が遠慮などするものではないぞ。堂々と受け取れ」
「そーそ、迷ってると食っちまうぞォ?」
「靖友は食いしん坊だなぁ」
「オメーに言われたくねーんだよ新開ィ!」
「真波、ここで食べるのはいいが零すなよ」
「もー、東堂さんお母さんみたい」
「誰が母親だ!?」
「あ、あの…皆さん、ありがとうございます!」
「ありがとうございまーす」
 
照れ臭そうに笑った泉田とニコニコと笑った真波に福富たちも顔を緩ませる。
それは激しく過ぎていく日々の、優しい時間の出来事だった。
 
 
 
誰よりも早く部室に来た泉田はミーティングの資料を手にベンチに座り、ふと浮かんだ思い出に思わず頬を緩ませる。
あれはたしか一年程前、同じようにミーティングの前だったなと思い返す。何でもないことだったけれど、頼もしい先輩達の姿はいつまでも眩しく泉田の心に残っている。
思い出に浸っていると騒がしい声が近付いてきて、部室の扉が開かれた。
 
「あ、塔ちゃん先だったんだ!どこかにいないか探しちゃったよー」
「その割にはゴミ箱とか棚の上とか意味わかんねェとこ探してたけどな」
「ユキちゃん、そんなところに塔ちゃんはいないよ…?」
「探してたのお前だろうが!そのこと棚上げすんのかよ!ちょっと高度なボケかましてんじゃねェ!」
「棚の上と棚上げ…ホントだー!ユキちゃんギャグも出来るんだね!すごい!」
「いい加減にしろよこの天然…!愉快なのはオメーだっての!」
 
いつも賑やかだなと会話を聞き流していた泉田は、部室の扉が開くのに気付いた。どうやら残りのメンバーがやってきてらしい。
悠人が扉を開けたまま一向に入ってこないことに首を傾げていたが、銅橋が真波を引きずって来たことで合点がいった。大方途中で捕まえたのだろう。
昨年はとても手を焼いていたからどうなるかと思っていたが、同学年の銅橋が引きずってくるか黒田が説教をしながら引っ張ってくるので心配はいらないらしい、と泉田は密かに安心していた。
今度東堂さんにメールでもしてみようか、と思っていると葦木場があ!と突然声を上げた。
 
「どうした、拓斗?」
「今日ね、お菓子持ってきたんだ。皆で食べようよ!」
「ったく、遠足じゃねーんだぞ」
「まぁユキ、いいじゃないか」
「えっとね、コレだよ!」
 
取り出したのはチョコバーのお菓子。外袋に大増量!と書かれたお得用パック。
懐かしいものが出てきたと目を丸くした泉田は、今日思い出したのはこれを予感していたのかと暫し考える。
ちらりと真波の様子を窺えば懐かしそうに目を細めている。口元が少し笑っているから、きっと真波の中でも楽しい思い出なのだろう。
葦木場が皆に分けていると、どうやら前より数が増えたらしくチョコバーは三つ余った。
真波は葦木場が持っている袋の中からひょいとひとつ取り出して、首を傾げる悠人にそれを差し出した。
 
「ユート、これあげる」
「二つも貰っていいんすか?」
「もちろん」
「でも先輩たちで分けたほうがいいんじゃ」
「こういうのは後輩にあげるんだよ。優しい先輩たちから、そうやって教えてもらったんだ」
 
悠人に微笑む真波を見ていると時の流れを感じる。これが先輩になるということか、と泉田は残った二つのお菓子を手に取り、真波と銅橋にそれぞれ差し出す。目を丸くする二人に泉田はしっかりと手渡した。
 
「後輩なら、お前たちもだろう?」
「そうそう、貰っとけよ。じゃねーと横取りすんゼ?」
「ちょうど数があって良かった!遠慮なく食べてね」
 
泉田は一年前の先輩達の笑顔を思い出す。自分達は同じように笑えているのだろうか。…ふと目が合った真波があの時と同じように笑っているから、きっと大丈夫だと思うことにする。
優しく頼もしい教えは確かに自分達に宿っているのだと実感して、少しだけ心が強くなった気がした。
 
それはこれからもきっと続いていく、思い出の一頁。
 

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