E02『こいつに海があるのなら』

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玄関のチャイムが鳴った。
「誰じゃい、こんな時間に」
扉を開けると、そこにはでっかい鯛を持った優策がいつもの表情が読めない顔で立っとった。
高校を卒業後、優策は漁師の見習いとして船に乗るようになってたんじゃが。
「ん、今日はようけい獲れたんじゃ」
時たまこんな風に朝とれた魚を持って一人暮らしする俺の部屋に現れる。今日は日曜日で、まだ9時やぞ、お前。
「優策。早すぎじゃ」
呆れたように言うたが、優策はにやりと笑うだけじゃった。
「一緒に食おうと思うたんじゃ」
ずんずんをわしの返事も待たずに中に優策は中に入っていく。
ワンルームの部屋の中は脱ぎ散らかした洋服と昨日の夕食のカップ麺の容器がテーブルに置いてある。
「お前片付け下手じゃったんか」
「昨日はバイトで忙しかったじゃけ、忘れとっただけじゃ」
優策はこう見えて整理整頓が上手じゃった。コツを聞いた時に、漁師が道具を片付けんじゃったら次に海に出るとき困るじゃろう。じゃから、先にやっとくんじゃ。そう言っとった。
「まあ、うまい飯作っちゃる。片付けとけ」
ワンルームの狭いキッチンの狭い作業台に鯛の入った箱を置き、カップ麺の容器の中身を流しざっと洗う。
こまごまとした事を嫌がりもせずに動くし、優策は漁に出るようになって見違えるように活き活きとするようになった。
インターハイで総北の手嶋に負けた時から考えていたようで、スプリンターの才能は惜しいと思ったんじゃがこいつが決めたことに反対はしなかった。
優策の大物を狙う時の目は海の上で光っとるじゃろう。
きっとこれでよかったんじゃ。優策はわしの夢をかなえようとしてくれただけのようじゃったが、あんなことをさせてまでほしいもんじゃなかった。
わしは海を取り上げられた優策に何か夢中になれるもんを作ってほしかっただけなんじゃから。こいつに海があるのならそれでいいんじゃ。
「庭妻。さっさとせいや」
「おう、そうじゃった」
優策の声に返事をして、わしは部屋の片づけを始めた。うまい魚料理を食べるために。

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