D05『日曜17時の給湯室』

  • 縦書き
  • aA
  • aA

 うちの寮は原則的に、日曜は食事が出ない。寮の台所をあずかるおばちゃんたちがお休みのためだ。
 だから、寮生はみんな、各階に1つずつある給湯室でご飯を作ったり、寮を出てすぐにある坂を降りたところのコンビニやスーパーに弁当やパンやカップ麺なんかを調達しに行ったりしてしのいでいた。もちろん、外食をすることもあるが、あまり機会は多くはない。
 日曜に部活とかがあれば、部の連中で交代で昼飯を作る。多めに作って、夜も賄おうという算段だが、メニューはだいたいおにぎりなので、この企みはだいたい成功している。
 だからまあ、日曜に普通の夕飯を食べたいというのは、俺の願望みたいなものなんだ。

「黒田、お前夜暇か?」
「え、はあ……まあ、試験勉強してるくらいっすけど」
「ならば2階の給湯室に集合だ。17時な」
 何かと思えば東堂さんだ。今日は試験前の日曜。試験前なので、部活はないしレースもない。部員はみんな部屋で勉強してるかどっかで遊んでるかしているはずの日だ。当然東堂さんも試験勉強していると思っていたが……。
「真波も呼んだからな」
「へっ!?」真波もかよ……。
 俺は顔に出してるつもりはなかったが、東堂さんには分かってしまうのかな。「そう不満そうな顔をするな」と言われてしまった。別に、不満というわけじゃないけど。
 ……真波は、この間俺に勝ってインターハイに出場できるから。
 どうも、まだ消化できていないモヤモヤみたいなものが東堂さんには分かってしまうようだった。
「安心しろ。説教するわけではないから」
「はあ……」
なら何だというんだ。
「給湯室に集合と言ったろう。夕飯を作るぞ!」
「は?」
 突然何言っちゃってるんですかこの人は?

「とーどーさん、重い~」
「おお、お疲れ真波。どれ、ちゃんと買えたか?」
 17時になり、真波がやってきた。麓のスーパーの大きい方のビニール袋を2つぶらさげて給湯室に入ってきた。勝手知ったる我が家か!?誰だすんなり入れたのは!
「豆腐、ネギ、ひき肉、豚肉、にら、たまご、しらたき、じゃがいも、ニンジン、たまねぎ、わかめ……うん、あるな。あ、昆布はどうした?」
 東堂さんが真波の買い物をひとつひとつ見聞していく。給湯室にある簡易テーブルに一つ一つ並べてお店を広げているが、昆布がない!とビニール袋をひっくり返して探している姿は、なぜだかいつもの東堂さんとは全く違って見えた。
「ありますよ~ここに。ほら、昆布だし」
「顆粒じゃないか! 俺が言っているのはだし昆布のことだ!」
「あーあれ。東堂さんちゃんとしてるんですね~。でも使わなくてもおいしくできるでしょ? はいあご出汁も。あご出汁おいしいからさ昆布だしと併せて使うといいですよ」
「そうだが!」
 なんだこれ。呪文? 結局東堂さんは真波に根負けして、顆粒のだしを受け取っていた。
「これで何するんですか?」
 俺は料理は本当にできない。調理実習だって皿洗いしかさせてもらえなかったレベルだ。だから真波たちの会話が呪文に聞こえるし、この場にいたって何にもできなそうだ……。
「献立のことか? うむ! 今日はわかめと豆腐の味噌汁に、肉じゃがに、ニラ玉だ! 米も炊くぞ」
「メニューでいうと美味しそうですけど、俺そんな作れませんよ」
「簡単だぞ? まあでも、自信がないようなら手伝うだけでもかまわんさ」
 その、手伝いですら自信がないんです! と悲鳴を上げると、横で聞いていた真波がケラケラと笑った。

 東堂さんと真波の二人は、日頃から実家で料理をよくするらしい。しかし話に聞いていると、東堂さんは正統派の和食を得意とし、真波は主婦の時短料理みたいな大雑把な料理が得意なのだという。おまけに肉じゃがもニラ玉も家によって料理の手法は千差万別とあれば、ひと工程ごとにワイワイ喋りながら料理するのは無理もないことだろう。俺は全く口を挟めなかった。
 俺は肉じゃがの、じゃがいもとニンジンの皮むきを手伝った。手伝うといってもピーラーでピロピロ剥いていくだけだ。最初は包丁だったのに、じゃがいもを手にとって包丁を構えた段階で取り上げられた。今度ちゃんと教えてくれると言われたが、こういう機会でもないと料理しようとは思わないので、いつになることやらわからない。
 結局、料理は真波が自慢の時短テクを使い、東堂さんが上手いことアシストをしてテキパキと出来上がっていった。
「真波の家では、肉じゃがは豚肉なのだな」
「そうですよ! じゃあ東堂さんちは牛肉なんですね。黒田さんは?」
「俺んちも牛肉。で、しらたきも入ってねえな」
「違うものだな。そういえば真波レシピのニラ玉が俺のと全く違って驚いたぞ」
「あー、うちのはばあちゃんちのレシピなんですよ。うちのニラ玉、炒めないでだしで煮て玉子でとじるんです」
「なんだそれうまそう」
「簡単そうだな。今度はそっちで作ってみるか」
「ごはんにかけても美味しいですよ」
 なんて感じで、話題はつきない。

 結局、恐るべき手際の良さで料理は完成した。煮たり炒めたりしだしてからは、俺は完全にノータッチになってしまったが後悔はしていない。だって絶対俺が手伝わないほうが美味しそうだ。俺が切った肉じゃがのじゃがいもとニンジンの切り方の汚さといったら、火が通るか心配になるレベルだ。(大きいのと小さいのがゴロっと入り、平均的な乱切りではないなとは東堂さん談だ。まあ、食べられれば問題ない。多分)
 皿に盛り付けて食卓の支度をして、いざ食べようと思ったところで荒北さんや福富さん、新開さんが乱入してきた。あっ塔一郎も葦木場もいるじゃねえか。ちょっと多めに作っておいて良かったなと東堂さんと真波はホッとしている。でもまあ、最初からそのつもりで作ってたんだろう。結構な量の料理が出来上がっていた。だからつい、
「ほんと、スゲーな二人共。俺がもし大学行って一人暮らしをしたとして、こんなちゃんとしたやつ作れるかどうかわかんねえ」
ポロっと、そうこぼしてしまった。東堂さんはそんな俺の言葉を聞いて、ニヤリと笑う。
「そういう時はな、まず米を炊くんだ。白米さえあればあとは出来合いのおかずで構わない。料理なんてそこから徐々に広げていけばいいんだ」
「へえ」
「自炊なんて、それこそ毎日の積み重ねだ。自転車と同じだ。作らないと上手くならない。乗らないと上手くならない」
「……」
 この場に荒北さんたちが乱入してきてて良かった。うめえうめえと叫んでガヤガヤ食べて、給湯室が騒がしくなってて良かった。おかげでこんなことも聞ける。
「東堂さん、もしかして今日の料理作るの、俺を心配して誘ってくれたとかですか?」
「……まあ、それもある」
「も、って」
「俺の後輩クライマーはいい子ばかりだからな。わだかまりがあっても、みんなで作った美味しいものを食べて、寝て、明日の箱学を背負っていく力をつけて、それで乗り越えられるはずだとふんだ」
 みんなで作った料理、美味かったろう? 東堂さんはニヤリと笑う。
「はい、美味しかったです。とても」
 真波も、俺の切った味のしみてないじゃがいもとニンジンを美味かったと思ってくれていたらいい。

D05『日曜17時の給湯室』の作者は誰でしょう?

  • うい (30%, 3 Votes)
  • kmi (30%, 3 Votes)
  • はしこ (20%, 2 Votes)
  • 桐原十六夜 (10%, 1 Votes)
  • まや (10%, 1 Votes)
  • 星雨 (0%, 0 Votes)
  • くらむ (0%, 0 Votes)
  • 木本梓 (0%, 0 Votes)
  • すみっこ (0%, 0 Votes)

票数: 10

Loading ... Loading ...

←D04『甘い優しい』へ / D06『すべてを糧に』へ→

×