D03『炒飯曜日と後に言う。』

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 一人じゃ面倒だった自炊も、一緒に食べる約束があればなんとなく捗ってしまうもので。
悪戦苦闘して切り刻んだ玉ねぎ野郎を荒北はざっとボウルに落とし込んだ。
「おい待宮ァ!鍋温まってんだろナァ!」
「荒北の手ぇが遅いけぇ、ええ加減火ぃ噴きそうじゃあ」
「ッセ!」
 ジャアッ、と音をさせて玉ねぎのみじん切りが油を泳ぐ。
「っちぃのぉ!もうちょい優しくできんのけ!油跳んだじゃろが!」
「口じゃなくて手ェ動かせバカ宮!」
「涙目で言われても怖くないのーエエ?」
「ッセ!」
「はぁ~たいぎいのぉ。ほっ」
 めんどくさい、と言いつつ重い中華鍋を返す手は鮮やかで、黄味がかった玉ねぎのアーチがどんどん飴色に染まっていく。荒北は涙を湛えながら彩りの緑黄色野菜を刻む、刻む、どんどん刻む。刻んだ野菜を片っ端から中華鍋に放り込んでやれば、待宮の顔にも真剣さが宿る。鍋底がガンと音を立てて五徳にぶち当たると火花が飛ぶ。「火力はうまさ」を信条とする待宮が導入した大火力コンロは、見た目にも「ここで作られる飯はうまい」と荒北の脳みそに訴えかけてくる。
「飯はまだかの~」
 額に小さく汗を浮かべた待宮のぼやきとともに、玄関のドアが開く。金城がファンシーなミトンでお釜を掴んで上がってくる。
「炭水化物様をお連れしました」
「おお炭水化物チャァン」
「金城!はようここにブチ込んでくれや。ワシの腕が終わるわ」
 金城宅で炊きあがった炭水化物こと白米は、生卵の化粧でつやつやと光り輝いている。お釜ごと中華鍋に傾けてやれば、もったりとじれったくなる速度で白米が、落ちた。
「お前ら下がっとれ!」
 カチッとスイッチが捻られると、轟と燃え上がる炎が鍋の淵をぬらぬらと舐め始める。
「あっちぃ!」
「見とれ、エエ?」
 濡らしたタオルで柄を握り込んで待宮の腕が一際太くなる。木の実が弾ける甲高い音がしだしたら、ここからは待宮のショータイムだ。
 五徳にぶつかる鍋底が軽快なビートを刻みだしたかと思うと、奥へ手前へと押し引きを繰り返す手の先で米と野菜が波紋を打ち始める。震えを宥めるようにおたまが表面を撫でつける。ジュウゥと胃袋を掴む音が響く。火の手が鍋に忍び込んで米粒を弄る。
 焦げちまうんじゃねぇの、と荒北が固唾を飲んで見守る傍らで、金城はスマフォを構えて凄技を撮影中だ。この男も肝が太い。あるいは待宮の腕に信頼を寄せているのだろう。
 期待しているのは、荒北だって同じだ。思わず舌が唇を這う。早く食わせろと腹が鳴る。
 おたまと中華鍋がセッションを始める。小気味よい音に合わせて米と野菜が入り混じる様はまるでスープだ。滑らかな粒の動きが水を想わせる。鍋の先で何度も波頭が弾けて落ちる。楽しささえ滲んでいる待宮の横顔がニヤッと口角を吊り上げた。
 ジュァアァッ、バチッバパチッ、パツッ
「クッソ」
 回し掛けられた醤油が弾ける。生唾を飲み込めとばかりの香ばしさが匂い立つ。それを振り切るように荒北はシンクの上から皿を引っ張りだした。共同購入した100均の白い大皿三枚。品の字にコンロ脇に置いてやれば、待宮は器用に鍋を振って焼き上がった米と野菜をおたまに掬い取り、ドンと盛り付けた。
 わずか1分20秒の早業。
「栄吉さん特製炒飯出来上がりじゃあ。スープも作っちゃるけぇ先に座りんさい」
「待宮、これLIMEで公開してもいいか」
「エエぞ!栄吉さんのぶちかっこええ姿を理工の女の子たちに見せてやってくれぇや」
「カナちゃんにチクるぞ」
「荒北ァ!ワレのスープ作っちゃらんけぇのぉ!」
「ハァ?ざけんな。口の中ぱっさぱさになるじゃナァイ」
 日曜の昼は炒飯が定番になりつつある。使い終わった鍋の掃除も兼ねて、待宮が鍋に湯を張り中華スープを作ってくれる。溶き卵を回し入れた金色のスープもまた荒北の密かな好物だった。
「なんだかんだ言っても三人分作るんだな」
「少ない量は作りづらいし、メシに関することは根に持つからの、荒北は」
「確かに」
「るせぇヨ、黙って食え」
「しかし、包丁一つまともに握れなかったお前が、こんなに綺麗なみじん切りが出来るようになったのも待宮のおかげだろう」
 小さな人参のサイコロをつまみ上げて金城は頷いている。
「ほうじゃ。でなきゃ今頃まだカップ麺とからあげちゃんで生活しとるに決まっとる」
「ンなことねーヨ」
「いーや、やっとる」
 ブシィッとプルタブを引っ張って待宮はベプシを開けた。
「スポーツ選手は飯食うのが仕事じゃいうのに、食べとるもんがジャンクフードオンリー。先輩らにさえん奴じゃ言われたってありゃあ自業自得じゃ。ええかぁ、腹が膨れるのと栄養が足りとるのは別のことなんじゃ」
「わーかったっつの!」
「待宮、その辺にしといてやれ」
 金城は夏頃から繰り返されているこのやりとりを面白く思っているのだろうが、言われている方としてはたまったものじゃない。それでも自分の食事管理が甘々だったことは荒北だって痛切に身に滲みたし、反省をしているつもりだ。
 三人の自炊生活は、今年の夏に荒北が栄養失調で倒れたことに始まる。原因は自炊が面倒だからと三食カップ麺で済ませていたせいだ。
 これに怒ったのは意外にも待宮で「これが元箱学のインハイメンバーか、聞いて呆れるわ!」と一喝し、珍しく荒北も大人しくその場でしょげていた。自転車競技に限らず、スポーツ選手の体と技術を支えるのは間違いなく日々の食事である。当時、打倒箱根学園を標榜して己を磨き上げていた待宮は、当然自身の食生活も厳しく管理していたらしい。
「お前、ワシらがおらんようになったらどうするんじゃ」
「ハァ?」
「じゃから卒業するまでには自炊できるようにせぇいうとるんじゃ。いつまでも仲良しこよしで飯食うとるわけにはいかんぞ」
「……まだ三年も先の話だろ」
「三年か、あっという間だな」
 そう言ったのは金城で、懐かしむ様な目をしていた。
「全員同じ会社に就職出来れば、またこうして卓を囲むこともあるんだろうがな」
「ンな都合よくいくかヨ」
「俺が起業すればなくもない話だろう」
「ハァ?」
「正気か金城」
「三年で成果が出せればの話だがな。研究活動の一環でやりたいことがあるんだ。将来的に事業にするつもりもある。二人の力を貸してくれたらとても助かるんだが」
 金城は手を合わせて、「ごちそうさまでした」と空っぽになった皿に頭を下げた。
「ナァ金城、なんで俺ら?」
「理工学部にはワシらより頭ええ奴らがごろごろしとるんに。ワシらそんなに就職出来なさそうな顔しとるか?」
「顔じゃないさ」
 なにが面白いのか、ひとしきり金城は笑い転げて、
「どうせなら、自転車バカと面白い仕事がしたいと思ってな」
 俺も自転車バカだから、と言った。待宮と荒北は揃いで「はぁ~」と溜息を吐く。お互い顔が少し赤らんでいた。
「しょうがないのぉ」
「そこまで金城が言うなら、ってバカっつったなオメェ。いいヨ、やってやんヨ。バカっつったこと後悔させてやる」
「それは楽しみだ。恩に着るよ。さっそく差し当たって決まっていることを話そうと思うんだが、夕食の時にでもどうだ?ファミレスで良ければ、俺の奢りだ」
 よっしゃあ!と荒北は声を上げてガッツポーズだ。夏に倒れて以来の上げ膳据え膳。明日の講義も昼からだ。だらだらとくだらない話にもつれこんでもいいかもしれない。
 外食一つでこんなバカ騒ぎが出来るなら、毎日の自炊だって案外悪いもんじゃねェな。

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