C08『継承』

負けを味わえ。
かつてキャプテンに投げられた言葉を、今度はオレが後輩に向けて放つ。
 

図体ばかりでかくて、一年生レースは惨敗、合宿はリタイア、結果を出せないオレに「田所は食べることについては一人前だな」と先輩が笑う。気のいい人だった。悪気なんてないんだろう、思ったことを口にしただけ。けれどそれはオレの胸に刺さった小さな棘となった。
自転車から降りることを決めて、選択肢を間違うなと言われ、その後も負け続けた。キャプテンは「ハートでは絶対に負けるな」と言ってくれた。負けて負けてそれでも踏んで何回負けたか分からなくなった頃、キャプテンはオレに言ったのだ。「負けを味わえ」と。気持ちは負けないと決めたけれど敗北はうまいものではなくて、それを味わえだなんてきついことを言ってくれるとそう思った。
「食っていう字はさ、人を良くすると書くんだ。成長の糧だと思えばどんな味も悪くないぜ？」
食べることは人を良くする。食事がオレを良くする。負けたその先に良い結果がある？
自分ではよく分からなくても確かに前に進んでいるのならば。それを信じてくれる人がいるならば。オレは食って踏んで闘い続けると決めた。
 
「どうだ田所ォ！ 勝利の味は！？」
誰よりも速くゴールラインを超えた日。キャプテンが、寒咲さんが叫ぶ。強い目で、口角を上げて。
「負けの味しか知らないお前だから、負けを喰い続けたお前だからこそ、勝利の味は格別だろう？」
「ウス！ 最高っス！！」
汗が染みてギュッと目を瞑った。洗い流そうと熱いものが目から溢れる。ドクンドクンと全身が鼓動し、腹の底から奔流が噴き出した。
「ウォオオオオオオオ！！！」
雄叫びを上げるオレにプロテインが差し出される。間違いなくいちばんうまい味だった。
 

翌年オレに懐いたのは細くてちっせぇふたり。片方は合宿２日目にしてろくな食事もできなくなっていた。ふたりの間に入り肩を抱く。
「いいか、手嶋青八木！ 食べるっていう字はな、人を良くするって書くんだ。お前らが食ったもんがお前らを良くしてく。だから食事も勝利も敗北も大事にしなきゃなんねえ」
かつてキャプテンに投げられた言葉を、今度はオレが後輩に向けて放つ。
 

そして後輩から更に後輩へ。
「お、杉元弟はいい食いっぷりだな。知ってるか？ 人を良くするって書いて食になるんだ。気持ちよく楽しく食べるってのは大事なことだぜ」
「え、あ、ほんとだ！ 手嶋さんすごいです！ ボクもお母さんに感謝しなきゃ！」
「なーんてな、実は漢字の成り立ちはそうじゃないんだけど、いい言葉だろ？ どんなもんでも飲み込んで糧にしようって思うのさ」

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