C05『はらのむしがぐうと鳴る』

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帰り間際に、田所さんが声をかけるのを背中で聞く。
「明日どうする?」
その言葉に部室内にいる奴らが、待っていたとばかりに手をあげる。その手の主の名前を田所さんが呼ぶと、一つ一つ手が下ろされていく。これはいつからの習慣なのか一年のオレにはわからないが、田所さんの家がパン屋ってことで、お願いするとそのパンを学校まで配達してくれるってわけだ。何となくの好みは考慮してくれるのだが、ほとんどお任せの中身だが日々変わる中身に、毎日頼んでも飽きない。それに、前日に余ったものをおまけだとつけてくれることも多いので、常に腹を減らした高校生にはありがたい。
じゃあ6人分だな、と頷くのに手を挙げた当人とそれを見ていた周りが確認し合うのも、数が足りなかった時の悲惨さを経験したからこその助けあいだ。今日は大丈夫、ちゃんと手を挙げた人数と田所さんが言った人数が合っている。なんだか一仕事終えたような充実感が、部室内にひろがるとじゃあそろそろ帰るわと田所さんが荷物を担ぎ上げる。
「お疲れ様です」
一番先に声をかけるのは、手嶋先輩でその横で青八木先輩がそれに合わせて、ぺこりと頭を下げるのは見慣れた光景だ。
「おう、オマエらも早く帰れよ」
と、その大きな手で背中や肩を叩いてまだ何かをしようとしていた二人の顔を覗きこむ。
「あ、えっともう帰ります。青八木ともうちょっとメニューを考え直したくて」
「そうか。あんまり遅くなりすぎるなよ」
ちらりと手嶋さんの手元を覗き込んだ田所さんが、頷く。それをみた手嶋さんと青八木さんが嬉しそうに笑ったのは、見ちゃいけなかったかと田所さんを追っていた視線をそっと外して、着替えをカバンに詰め込む。
「何や、スカシもう帰るんか」
「……なんだオマエはまだ着替えてないのか」
ほとんど同じ時間に帰ってきた田所さんはもう制服に着替えて帰ろうとしているのに、鳴子はまだ首にタオルを巻いた姿で、今まで何をしていたのか呆れる。
「小野田くんを待っとるだけや。こんなもんぱっと着替え終わるしな」
カカカっと笑い声をあげる鳴子に、ばしんと良い音を立てて田所さんがその赤い頭を叩く。
「さっさと着替えろ。小野田はとっくに着替え終わってるぞ」
「痛いなおっさん!ってか、小野田くん早いな」
「待ってるから大丈夫だよ。一緒に帰ろうね」
田所さんにじゃれだそうとする鳴子に、小野田が笑いかけると待っとき!と叫んでものすごい勢いで脱ぎ散らかして、オレが文句を言い出す前にそれを綺麗に仕舞いこんだ。
「……早いは、早いな」
「有言実行の男、鳴子章吉やからな!」
「部室はおめえだけのもんじゃねえぞ。もっと考えて使え」
「……はあい」
何だかんだ言っても、鳴子は田所さんの言うことは最終的には聞く。それまでは耳を塞ぎたいくらいの騒ぎをおこしたりはするのだが、そこは間違いない。
「田所の言うことは聞くのだな」
「金城、オマエの言うことも鳴子はちゃんと聞いてるっショ」
部室の隅でぼそぼそと呟く先輩二人の会話に、思わず目を見張っていると背中の方から顔がにゅっと飛び出してきて、ものすごく驚いたのだがここで叫んだら鳴子に揶揄われるのは必至だ、と意地だけで悲鳴を飲み込む。
「驚かせたか」
「古賀さん!」
「オマエもあそこまでとは言わんが、もう少し会話に入れよ」
ほら、と促された先ではいつの間にか小野田と杉本まで鳴子と一緒になって、田所さんとなにやら話しているのがみえる。
「オレは、オレですから」
「そういうと思ったよ」
からりと笑って、そういいつつもこの先輩は容赦ない力でオレの背をどんと皆の方へと押した。
「なんだ今泉、オマエも追加か?」
田所さんが小野田と杉本の間に飛び込んだオレをみて、くしゃりと笑う。
「え、あの……」
弁当はあるから大丈夫、そう言おうとして周りの期待に満ちた視線に陥落する。
「多いようならワイが食ってやるし!」
「田所さんとこのパンは美味いから、残さねえよ」
「お、ありがとな。今泉の口に合うなら、良かったわ」
じゃあ追加だな、と言う田所さんにお願いしますと頭を下げる。

明日もこの部室がパンの匂いで一杯になるのだな、と思ったらぐうっと腹が鳴った。

C05『はらのむしがぐうと鳴る』の作者は誰でしょう?

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  • 小路 (17%, 2 Votes)
  • 須三須 (17%, 2 Votes)
  • yumeji (8%, 1 Votes)
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  • シア (8%, 1 Votes)
  • サンカクスキー (8%, 1 Votes)
  • 壬生川タマミ (8%, 1 Votes)
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