C04『雨の前の約束』

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 じりじりと照らす太陽。学食で昼食を食べた銅橋正清は手で光を遮りながら空を見上げた。真っ青な空とは裏腹に、埃っぽい風に小さく鼻を鳴らす。雨が近いことを直観的に感じると、今日の練習は室内ローラーになりそうだ教室に向かおうとしていた足を愛車が置いてある部室へと向けた。
 室内の練習も嫌いではないが、やはり外を走っているときには敵わない。雨が本降りになる前に走り収めておこうとヘルメットを被り自転車に乗った。昼休みまでには帰ってこなければならないから、そう遠くまでは行けない。わかっていながらも、いつもの練習コースへとペダルを回した。ジャージに着替える時間さえ惜しい。いつもよりも幾分か回しづらいペダルに力を込めた。

「あれ、バシくん?」
 タイミングがよく声をかけられる。出鼻をくじかれたような気持で、間延びした声に振り替えると、同じ学年の真波山岳がいた。どこから付いてきたのか、自分と同じように自転車に乗っていた。
「ああ?なんでお前がいるんだよ」
「なんか雨降りそうじゃない?だから走っておこうと思って」
「ハッ、考えることは同じかよ」

 じゃあバシくんもなんだ、と嬉しそうに笑う。そういえば王子様なんて女子連中が騒いでいたのを思い出した。なんとなく引き離してやろうと、直線で加速をした。ついてこれないヤツだとは思っていなかったが、すんなりと加速について来て、バシくんどこまでいくのなんて呑気に話しかけられると少しだけ対抗心に火が付いた。

 去年のインターハイ。会場にすら行っていなかった銅橋の耳に入ってきたのは、箱学が負けたのは真波のせいだという情報だった。負けたということが信じられなかったし、真波はどんなことをしたのか気になった。オレがこいつの代わりに出られていればとすら思った。
 だが、フタを空けてみれば真波は全力で走って負けた、ということだけだった。
「なあ、」
「なぁに?」
「負けるってどんな気持ちだ」
他意はなかった。いつもにこにこしている顔が歪めでもすればいいと思っただけだった。
真波は目を細めて笑うと、嬉しそうに笑った。

「内蔵つかまれる感じ?」

「はあ?」
「なんかね、悔しいとか悲しいとかじゃないんだよ。こう、重くて…」
内蔵をつかまれるような感じなんだよ、とまた笑った。
「…意味わかんねえ」
「あはは、バシくんも負けたらわかるよ」
「オレは負けねえ!」
「じゃあ、」
勝負する?と真波が笑う。プレッシャーが変わった。平坦の道であれば銅橋のほうが有利で、坂道であれば真波の方が有利だ。それはお互いの頭の中にあったが、この勝負を辞退する理由にはならなかった。

 あくまで公平に。平坦と坂道が同じくらいの距離にゴールを設けた。同じチームであっても、負けは許されない。それが今年の箱学のスタンスだということは、二人は身をもって理解していた。
「いくぞ!」
銅橋の加速と共に勝負がスタートする。遠くの空に真っ黒な雲が見えていたが、二人は小さな勝利をめがけ走り出した。

「くそっ!」
 山頂で自転車を下りると、銅橋は自分の太ももを殴った。ゴール地点の最後のスプリントで、真波の加速についていけなかった。もちろん、平坦のゴールスプリントだったら銅橋が有利であることは真波も、そして銅橋自身もわかってはいたが、悔しがらずにはいられなかった。
「あはは、いい勝負だったね」
「うるせえ!次は負けねえ!」

 同じように自転車を下りると、真波は自販機の近くに腰を下ろした。そして、内臓つかまれた、と笑いながら問いかけた。言葉は少し危険なのに、そう感じさせない笑顔を見ながら隣に腰を下ろした。
お財布忘れちゃったなんてことを言う真波にポカリを買って渡しながら、銅橋はポケットに入れていた焼豚を取り出す。いつものようにビニールを噛みちぎると、直接噛り付いた。
「美味しい?」
「これはやらねえぞ」
「バシくんと関節キスは嫌だなあ」
「テメー、いい加減にしねえと本気で怒るぞ!」
「あはは」
 なんで焼豚なの、と聞かれる。他人になんて興味が無さそうな真波が、今日は饒舌に質問を投げかけてきた。運動の後にタンパク質を取ると筋肉に良いと泉田さんが言っていたから、好物だった焼豚を食べるようになっただけだと正直に答えた。

「プロテインじゃだめなの?」
「チャーシュー麺、好きなんだよ」
プロテインの粉っぽい食感も苦手だというと、真波はオレもと同調して笑った。

「あー、そういえばオレ、チャーシュー麺って食べたことないなあ」
「嘘だろ!?」
 思わず口の中に入っていた肉が飛び出す。汚い、と言いながら真波はラーメンはメンマと麺しか食べないと主張した。
いつもよりも真剣な表情で真波の胸倉を掴む。
「今度付き合え」
「え?」
「オレのおすすめのラーメン屋連れてってやる!」
こういう真面目で真剣なところは嫌いじゃないなと、真波は心の中で思った。
「じゃあ今度はバシくんが付き合ってね」
「ああ?」

「おすすめの山、案内してあげるっ」

fin.

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