B09『美味しいお米と母の味』

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「お、お前…荒北、それで白飯何杯目じゃあ…?」
「アァ?ンなの数えてねェよ!」
 
 
 
 

美味しいお米と母の味

 
 
 
 
「待宮、7杯目だ」
側から見ると言い争っている様にも捉われがちな荒北と待宮の会話は、こう見えて当人たちにとっては通常運転であった。
そんな2人の喧しい会話をサラリと聞き流し、必要な情報を適切に挟み込む金城は最早慣れたもの。
三者異なるタイプの彼らは合わない様に見えるが、それでいて意外と中々に良い和音を奏でていた。
そんな風景が彼らの日常と化したのは実はまだ最近、この洋南大学へ入学を果たしたここ数ヶ月の事。
 
「テメェらいちいち人の食事に口出してくンじゃねェよ。コッチはきもちよく食ってるっつーのに、不味くなンだろォが!」
「いや、流石にのォ。ワシだって好きで他人の食事に口出ししとるわけじゃないが、生姜焼き一皿をオカズに横で白飯7杯も食われてみィ?幾ら何でも驚くじゃろ…金城もそう思わんか?」
言葉通り純粋に心から驚いているのか、待宮特有の人を食った様な話し方も今回はそのなりを潜めていた。
それもそのはず、荒北の前に鎮座している大学の学食で人気のメニューである生姜焼き、味はピカイチに美味しいと評判だが一皿に数枚ほどしか乗っていないソレをオカズに荒北は既に白米を7杯も平らげており、その7杯目もそろそろ残すところあと2~3口である。
最早生姜焼きをオカズに白米を食しているというより、白米をオカズに白米を食しているのではないか?と言う勢いだ。
「確かにオカズに対して白米の割合が随分と多いとは思っていたが、単純な量に関していえば田所に比べればまだまだ良心的な量だとも言えるな」
「けっ!スプリンターと比較するのがまず間違いだろ。田所の食う量は分かんねェけど、少なくとも新開の食う量を目安にするとしたらオレなんて可愛いモンじゃナァイ?」
「ちょい待ちィ!お前らの学校のスプリンターがどんなもんかは知らんが、今議題としとるのは荒北の白米食い過ぎ問題じゃあ。話を逸らすな!」
ビシィ!と自分に向かって指を伸ばした待宮を面倒臭そうに一瞥した荒北は、その仕草から何かを思い出したのか苦虫を噛み締めた様に顔を顰めた後、人を指さすんじゃねェと舌打ち混じりで自らに向けられた人差し指を鷲掴み、勢いよく90度反対方向に捻じ曲げた。
思いもよらず、あらぬ方向に人差し指を方向転換させられてしまった待宮はグエッとカエルが潰された様な声を吐き出したが、荒北は意に介さない様子で茶碗内に残っていた最後の一口を咀嚼し始めている。
「実家から送られてきた米が底をついちまったんだヨ。実家の米が一番うめェけど、まぁここの米も中々だからな。家で食えないぶんココで補給しとかねェと保たねェだろ?」
「荒北は米よりも肉が好きなんだと思っていたのだが、そうでもないんだな」
未だ目尻に涙を浮かべている待宮は話す気力もないのか、金城の発言に同意する様首だけを縦に動かしている。
至極面倒臭そうな表情を浮かべている荒北は質問へ返事をする前に茶碗を携えると、8杯目となる白米を手に入れるべくその腰を擡げた。
既に7回も繰り返されたその行為は手馴れたもので、炊飯ジャーへの最短ルートを見事な位置どりで進み、無駄のない動きで眼前の白米を山盛りに盛り上げる、その動きたるやまさに荒北のレース風景そのものだ。
 
「肉は好きだゼ?ただ、オレは米と一緒に食う肉が一番好きなんだヨ。美味い米と肉のセットだったら5:1…いや、10:1位でもいいな」
「美味い米て、ワレに米の良し悪しなんぞ分かるんか?」
待宮のからかう様な口ぶりに、荒北はギロリと目を細めたが、視線を向けられた当の本人はどこ吹く風、先程の痛みも忘れてしまったかの如く味噌汁を啜っている。
「確かに米の味と言うのは、あからさまな物は流石に分かるが、微妙な良し悪しなんかは繊細な味覚センスを要する物ではあるな」
「オイ金城、テメェまでオレが馬鹿舌だって言いたいのかァ?」
「そう聞こえるか?そんなつもりは無かったんだがな」
ハハハ…と笑い声を上げる金城からは強く否定しようと言う意志が感じられず、図らずも両隣から己の味覚センスに対して懐疑の目を向けられてしまった事になる荒北は小さく舌打ちを漏らすと、その重い口を開いた。
「実家が食事にはうるさい家だったからなァ。詳しくは知らねェが米にもこだわってるみたいだし、食材もそれなりに気を使ってるらしい。箱学の寮は飯は美味かったけど、米がなァ。ま、タダでさえ大飯食らいが集まる高校生の食事にそんなに金かけてられねェってのも分かるし、その分オカズが美味かったから良かったけどヨ。そうやって色々食う内に米の良し悪しも分かる様になった訳。コレで納得したかヨ?」
荒北の話へ興味深気に耳を傾けていた金城はその話に思う所が有ったのか、少し考え込む仕草を見せた後、納得したかの様にふむと声をあげた。
「荒北のお母さんは良いお母さんだな」
「アァ?なんだヨ、藪から棒に」
「良い食材を選び美味しい食事を作ると言うことは意外と手間が掛かるんだぞ?料理なんて物は手を抜こうと思えば、幾らでも抜けるものなんだ。勿論一概に手を抜く事が悪いとは言わない。しかし、荒北のお母さんは家族の為に手間暇を掛け、その上で美味しい食事を用意してくれていた。その結果が今の荒北の味覚を作ったんだろう?荒北はお母さんに感謝した方がいいぞ。」
「荒北は特に昔家族に随分と迷惑かけてきたんじゃろ?ワレは母親に感謝せんとあかんのォ。エッエッエッ」
笑いつつも2人から諭す様に視線を向けられ、些かバツが悪い様な表情を浮かべた荒北はッセ!と悪態をついた後
「ンな事、オレが一番良く分かってンだよ」
と誰に向けてでもなく独りごちた。
 
 
その日、底を尽きた米の催促する為実家に電話をした荒北は家族の近況を饒舌に語る母の話を興味なさ気に一通り聞き流した後、何を語るでもなく、たった一言いつもあんがとヨとぶっきらぼうな口調で告げた。
「あら、珍しい事も有るものね。雪でも降るのかしら?」
そう言って笑う母の声はどことなく嬉しそうだったという。
 
 

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