B06『学食の日』

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今日はおばさんがおらんからって、昨日のうちに千円札くれた。
翔君、これで学食で食べてや、堪忍なぁ言うて、おばさんは手を合わせてたけど、僕はむしろいつもお弁当作ってもろてることの方が有難い思てるから、お礼言うて受け取った。
昼飯は大事や。放課後の部活でペダル回すからエネルギーをとにかく摂らなあかん。いつもおばさんも大きい弁当に色々詰めてくれはる。それ全部食うてもメニュー多いときは部活前に購買でパン買うてる。いくら食うても僕の身体に無駄な肉なんて一切つかんくらい、ペダル回してる。
チャイムが鳴ってすぐに向かった学食は一年の教室からは遠くて、着いた頃には人がごった返しとる。僕一人が座る場所くらいはありそうやけど。
食券を選ぶ前にメニューを精査する。今日の日替わりはハンバーグと春巻。これはなしや。揚げもんは余計な脂肪を摂る。エネルギーでも脂肪はいらん。今週の魚定食もフライやからあかん。そうなると肉やろか。肉は生姜焼き。それならまあええやろ。
肉定食とご飯大盛り、小鉢を二つ。これで千円で少しだけお釣りがくる。足りるやろか。インハイ終わってから練習量更に増やしたら腹減ってかなん。
機械から吐き出された食券と釣り銭を取り出して列に並ぶ。
小鉢に冷奴がある。ついとる。二つともそれにしよ。
そして、生姜焼きと味噌汁と丼みたいな茶碗に山のように盛られたご飯を受け取って麦茶をコップに入れてぐるりと席を見渡す。
窓際の人が少ないところを見つけて座って食べ始める前に手を合わせる。
どれも無難な味やね。特に期待はしとらん。ペダルを回す糧になったらなんでもええし。
「御堂筋!」
黙々と食べていた僕の平和な時間は、一瞬にして暑苦しい声に奪われた。なんやついとらんな。
ウザいしキモい。しかも向かいに座ってきよった。見てみぃ、一緒におる辻くんと井原くんえらい嫌そうな顔しとるよ。多分僕もやけど。
「お前も今日は学食なん?俺もや」
見たら分かるやろ。しかもなんでそない一人だけ嬉しそうなんや、キモい。
「なんと言うても今日は、これがあるからな。メニューチェックしておかんの弁当断ってん」
皿の上にはハンバーグが載っとる。そんなもんが好きなんやろか。流石量産型や。
無視して冷奴を箸で摘んで口に入れる。お豆腐さんが食べられるのが学食のええとこやな。あれは弁当には入れられへんから。
「春巻や!春巻はええよ、御堂筋」
ハンバーグちゃうんか。どうでもええけど。あと、部活引退してそないなもんばっか食うてたらそこの井原くんみたいに肥えるで。まあ引退いうても今もなんやしょっちゅう練習に顔出しよるんやけど、はよ去ねや。受験生やないんか。
あと、辻くんと井原くん、そこの煩いのほっといて自分の飯食わんと相手したり。僕の顔見ながら食べたないんはわかるけど、それ僕かて同じやで。アレ早よ黙らしぃ。
「まずパリッとした皮や。何本食うても一口目のこれがたまらん。辛子醤油とか酢醤油につけて食べるんもええけど、そうすると皮がパリッとせんようになってまうから、やっぱり一口目はなんもつけんとガブっといくんがええと思うわ。つけても辛子だけやな」
知らん。黙れ。キモい。そして井原くん、食べるの早すぎやろ。よう噛めや。もっと肥えるで。何もう食器片付けとるん。
「ほんで、中身な。これにタケノコ入っとるんはほんま最高や。パリパリの皮の中にシャキシャキのタケノコなんて考えた奴天才ちゃうかっていつも思うわ」
辻くんが蕎麦の最後の一口をつゆにつけて啜っとる。引退したにせよ辻くんはもう少し食べたらどうなんやろうか。頬こけとるで。前からやけど。もっと時間かかるもの食うてこの煩いの止めてほしい。さっきから春巻の話でどんだけ引っ張るんや。キモすぎやわ。
僕はご飯の時ちゃんと噛みなさいと母さんからもおばさんからも口うるさく言われとるから、まだ生姜焼きもご飯も均等に残っとる。あの二人ほんま姉妹やな。二人とも僕がお豆腐つるつる食うてたら、よう噛み言う。それはいくら何でも無理やろ。
「揚げたてやと、中身が熱いやろ。けど、これを我慢して噛みしめるのがまたええんや。その我慢も含めて、春巻の美味さやと俺は思う」
さっきからそう言うてる間にその春巻の美味さとやらのうなってるんやないの。冷めてくで。あとそんだけベラベラベラベラ喋っとるのになんでハンバーグとかご飯とかは消えとるん。喋りながら飯食うなって言われたことないんやろか。僕よりも年下のユキちゃん、いつもおばさんにそう注意されとるよ。
「具の絶妙ななとろみが、熱さを保っとるんやな。口の中でもゆっくり味が広がる。これがまたええ」
いい加減黙らせろやと目配せをしようとして顔を上げたら、辻くんと井原くんの背中が見えた。ザクどもが。この僕を裏切りよった。いや、そういえばもう引退しとるからザク以下やった。
僕の昼飯はそれでも淡々と減っていって、あとはご飯と生姜焼きがそれぞれ一口。それから冷奴の小鉢もうひとつは最後に食べるのにとってある。
「もちろん弁当に入っとる春巻、あれも美味い。冷めても美味いおかずとか最高やろ。おかんのは冷食やけど、それでも美味い」
それ、君のお母さんが聞いたら悲しむんとちゃうん。僕はもう久しく母さんの弁当なんて見てへんしこれからも見ることあらへんからわからんけど。
「けどまあ、やっぱり揚げたての出来立てや。せやから俺、昼前に作り置きしたんが一巡してまた揚げたてになるタイミング見計らって学食来てるん。二回目揚げる時間はもう調べ済みでな、大体二十分くらいに出来上がるんや」
得意げな顔しとるけど、ほんまどうでもええし、僕にその情報は必要ない。大体揚げたて狙うたかてもう冷めとるで、きっと。
最後の一口になった生姜焼きとご飯を飲み込むと、テーブルの醤油をとって冷奴にかける。お豆腐さんはほんまに癒しや。できればこの煩いのを聞かずに食べたかったんやけど。
「さて、ここからがいよいよ本番や。我慢した甲斐があるいうもんやな。俺、好物は我慢して最後にとっとくんよ。その我慢も含めて美味くなるからな」
キモい。ここでも我慢か。大概にしい。
麦茶を飲み干すと、手を合わせる。
「おー、よう揚がっとる!パリッパリやわ。ほら見い。このキツネ色。もう見とるだけで美味そうやな」
煩い声を背に、食器の乗ったお盆を持って席を立った。
「よし、食う!食うで!まずは何もつけんで…」
勝手に盛り上がっとればええ。僕は教室戻らな。次実験やし。
うっさい声が聞こえなくなるまで大分歩いたけど、あんなん一人でやっとってよう恥ずかしないな。
やっぱり石垣くんほんまキモすぎや。
 
 
“今日の夕飯春巻やから帰る頃連絡してな”
 
その日の部活終わりに見たおばさんのメールに、僕は携帯を落っことした。なんや、今日は冷奴あったこと以外ついてへん。
いや、僕かて春巻が嫌いなわけやない。好きでもないけど。ただ、今日は日が悪すぎると思うんや。
僕は落とした携帯を鞄にしまう前にメールの通りこれから帰るとメール送って、それから少し憂鬱な気持ちで暗い道を走り出した。
部活の後、腹減ってしゃあないのに夕飯が素直に喜べなくなるとか、全部石垣くんが悪い。ほんまあいつキモい。最低や。

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