B04『彼らのコナモノ青春録』

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「あれ、金城さん……お疲れ様です」
「片付け当番か。最近多いな、この前もお前じゃなかったか」
 
用を思い出して部室に戻ると、練習用具を片付ける今泉と鉢合わせた。今泉はオレの問いに気まずそうな顔で「罰ゲームなんです」と白状した。
 
「部室の片付けを罰ゲーム呼ばわりするのは感心しないな」
「すみません」
「で?なんの罰ゲームなんだ」
「…この前、小野田と鳴子とお好み焼き屋に行ったら、あのバカが『誰が一番綺麗で派手なお好み焼き作れるか勝負や!』とか言い出して」
「負けたのか」
「オレは納得してないスけど」
 
心底不服そうな顔でそう言うと、今泉は携帯を取り出し、見て下さい、と言わんばかりに写真を突きつけてきた。どれどれ、とサングラスを外して”それ”を確認する。
 
「まあ…これは、負けだな」
「まだどれがオレのか言ってないっすよ」
「一番左じゃないのか?」
「……そうですけど」
 
耳を赤くする姿を見て、つくづく損な性格をしているな、と思う。プライドが高い、でも嘘がつけない。愚直、誤魔化さない、言い訳しない。このお好み焼きの出来みたいに不器用だ。よく見ると、他の2人のものも大概不器用だ。今泉が群を抜いてはいるが。
 
「でも、練習してるんで。次は絶対負けねー…」
「お好み焼きの練習か」
「はい」
「家でか」
「はい…あぁ、インハイ用の自主トレは欠かしてないので心配要らないすよ」
 
そんな心配なんてするものか。お前がロードそっちのけでお好み焼き作りに明け暮れる姿は逆にお目にかかりたい。真面目な彼の言う冗談は存外面白かったので、素直に笑った。
 
「次の勝負はいつなんだ?」
「分かりません。…たまに、示し合わせたかのように帰りに3人一緒になる日があるんです。だから、そのときが来たら、ですかね」
「そうか。……片付けの残りは俺がやっておこう。お前はもう帰るといい」
「いや、これ、3年の仕事じゃないでしょう」
「今日だけだ。今日は夏のわりに冷える夜だからな」
 
それ関係ありますか、と言いながらも、素直に厚意を受け取って部室を出て行く今泉の背中を見ながら、自然と口元が緩んだ。
自転車以外に夢中になれるもの、あるんだな。と言ったら怒るだろうか。アンタはオレの父親ですか、とか言いそうだな。でも、さっきのお前は悔しがったりムキになったりとまるで子供のようだった。誰のおかげか、なんて、聞くまでもない。
 
校門前の素朴なクロモリと派手なピナレロを思い出す。隣の持ち主達は寒そうに腕をさすっていた。もう少ししたら澄んだ色のスコットが、どこか嬉しげに、跳ねるようにそこに加わり、決戦の場へと一直線に走り出すのだろう。
 
さあ、明日の片付け当番は誰だろうな。
 
 
==
 
「あっ、あのですね…!」
「小野田さん、緊張しなくて大丈夫ですよ」
 
インハイ優勝校の真の姿に迫る!という記事が書きたいと取材の依頼を受けたのはいつだったか。駆り出されたのは最大の功労者である小野田、と、次期主将のオレ。あらかた予想通り、取材陣の興味はもっぱら小野田、小野田、小野田。オレへの質問なんて体裁ばかりのもので、なんならこちらが指摘するまで手嶋の「嶋」の字は「島」になっていた。
それは構わない、問題はこいつだ。どうにも注目を浴び慣れない小野田は、オレの隣でカチコチになっている。見兼ねた記者は、座右の銘だとかこれからの抱負といった質問から、恐ろしく無難な質問へと舵を切った。
 
「最近、好きなものはありますか?」
「すきなもの……」
 
小野田の震えがピタリと止まる。答えられそうな質問がきた、と安心したのかもしれない。なんと答えるのだろう。ラブリーヒメ?とか何とかいうアニメか?『期待のルーキー、勝利の秘訣はアニソン!?』なんて見出しが踊り、あの歌は一部の界隈で聖歌だと広まったりするのだろうか。
 
「お好み焼きです」
「「お好み焼き?」」
 
綺麗にハモった、記者の声とオレの声。あまりにも予想外の答えに面食らって、うっかり声が出てしまった。マジか、初耳だぞ。
 
「ボク、もともとアキバに行く交通費がもったいなくて自転車に乗ってたんです。お小遣いは全部、アニメとか、フィギュアとか、ガチャポンに使ってました。でも、自転車部に入って、今泉くんと鳴子くん……あっ、インターハイですごく活躍した人達なんですけど!……2人が友達になってくれて。はじめて友達と夜ご飯を食べたんです。それが、お好み焼きで。それから時々3人で行くんです、お好み焼き。いつも『勝負だ!』って喧嘩になっちゃうんですけど、すごく楽しくて。もしお金があんまりなくて、ガチャポンかお好み焼きのどちらかを選べと言われたら、今なら3人でお好み焼きを食べる方を選ぶと思うので」
 
だから、お好み焼きが好きです。
 
そう答えて小野田は笑った。先程までの緊張なんて嘘のようにすらすら言葉を紡ぐ様子に、記者は呆気にとられている。おいおい、オレはともかく、あんたがそれじゃダメだろう。しっかり文字に起こしてくれないと。
それに比べて、まさに今シャッターを切ったカメラマン、そっちは優秀だ。是が非にも記事にはその写真を載せてほしい、と後で言っておこう。飾る気などない、ただ幸せな笑顔。これが総北の勇者の真の姿に間違いない、ってな。
 
 
==
 
「鳴子さん!」
 
遠目からでもはっきりと分かる赤い髪を見て、自然と背筋が伸びた。愛車のフェルトを前へ前へと進ませながら「お疲れ様です!」と声を張る。
 
「おぉ、カブ。お疲れさん!」
「今日はもう帰りっすか?早いっすね……あ!ねえ!もしかして『お好み焼きの日』ですか!?」
 
その単語を聞くやいなや、鳴子さんの顔がウゲッと歪む。うわ、なんなんですか、その反応。
 
「なんや、オマエもソレ知っとんのかいな…」
「もちろん知ってますよ!3人で行くお好み焼きの話!」
 
去年の総北1年トリオといえば、その筋の人間で知らない者を探すのが難しいほど話題になった者たちだ。前に総北が特集された自転車雑誌に掲載されたお好み焼きの話はちょっとした波紋を呼んだ。ご利益にあやかりたいだとか言って特定班が出たものの、結局その店の正体は今も分からずじまいだ。
 
「オレも連れてって下さいよ!」
「アカン。秘密」
「後輩ですよ!」
「ア、カ、ン、って言うとんねん!オマエに教えるんやったら、まず杉元に教えとるわ」
「えっ!杉元さんも知らないんすか?」
 
教えてくれるまで粘ろうと思ったけれど、同学年の友達にも教えていないと言われてしまうとその気は失せる。分かりました、とあっさり引き下がったオレを見る鳴子さんの目がフッと優しくなった。あ、この目、知ってる。周りに2人がいないのをじっくり確認してから、小野田くんのああいうトコがすごいんや、スカシのこういうトコは見習ったほうがええで、とアドバイスするときの目だ。他人をすごいと認めている目。
 
「…オマエは先輩や」
「ハァ?突然なに意味わかんないこと…」
「ワイな、『仲間』って思える奴らに出会えたん、ここに入学してからやねん。正直羨ましいわ。何年も前から仲間やったお前らが」
 
はっとした。インハイ選手に選ばれてから、オレの放課後には相棒がいない、そのことに慣れかけていたのに気づいたのだ。
 
「せやから余計、お前らには負けへん!って思うし、ワイらの店は絶対に教えへん。…でも、せやな。ちゃう店やったら連れてったってもええで」
「マジっすか!?」
「ああ、男に二言はあらへん…ワイに勝てたら、なっ!」
 
そう言うやいなや、鳴子さんは門を飛び出した。向かい風に切り込む姿が様になる。さすが、速い。いつかあの背中を抜けるだろうか。いや、抜く。だってオレ様は天才だ。
追いかけようとハンドルを握りなおして、すぐにやめた。代わりに携帯を取り出し「今度鳴子さんに勝てたらメシ奢ってくれるってよ!」とメッセージを送る。
どうせ勝つなら2人で勝とうぜ、なあ、段竹。まずは作戦会議だ。そうだな、どっか適当な店でメシでも食いながら。

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