B02『I will never forget your dream.』

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昔々あるところに、一匹の”夢食い”が住んでいました。
夢食いは悪夢ではなく、人が胸に抱く”夢”を食べるイキモノでした。
そのため、彼に大切な夢を食べられてしまう事を恐れた人々は、夢食いを迫害しました。
夢食い自身も、人々の夢を食べなければならない自分自身が大嫌いでした。
だから彼はいつも、本当の本当に倒れそうになるまで決して夢を食べませんでした。
そのため夢食いはやせ細り、とてもみすぼらしい姿をしていて、ますます忌み嫌われました。
長い長い間、夢食いはずっと一人で世界中を転々としていました。
どこにも居場所が無く、誰にも歓迎されず。
自分が何のために生まれてきたかも分からないまま、なるべく人を傷つけないよう息を潜めて生きていました。
 
ある日、夢食いは一人の少年に出会いました。
 
その少年は夢食いには特別輝いて見えました。
それもそのはず。彼の胸にはたくさんの夢がありました。
そのどれもが眩いばかりの光を放ち、夢食いは自然と彼の元に引き寄せられました。
空腹が限界だった事もあり、無意識に手を伸ばしてしまったところで、少年がこちらに視線を寄こしました。
途端に、夢食いの脳裏には今まで受けてきた暴力と、浴びせられた罵声がよみがえりました。
『夢食いだ!』
『あっちにいけ!』
『また夢を食いに来たのか、バケモノめ!』
『オレの夢をお前なんかに食われてたまるか!』
浮かんでくるのは、どれもこれも夢食いを否定する言葉ばかり。
痛くて苦しくて悲しくて、夢食いはその場に蹲ってしまいました。
この少年の目にも嫌悪が宿るのかと思うと耐えられなかったからです。
『なぁ、お前って夢食い?』
頭上からかけられた声に、夢食いはびくりと肩を震わせました。
殴られるかもしれません。
人を呼ばれて、大勢に袋叩きにされた後で放り出される事もザラでした。
ぎゅうっと体を縮こませ、向けられるだろう悪意に備えて身構えた時でした。
『大丈夫か? どっか具合悪い?』
気遣わしげな声に、耳を疑いました。
呆然と顔を上げると、少年は夢食いの前にしゃがみこんで、心配そうにこちらを見つめていました。
なにが起こっているのか、分かりませんでした。
混乱する夢食いの体からは力が抜けて、その拍子におなかがくぅ、と鳴りました。
ざっと血の気の引いた夢食いは逃げようとしましたが、それよりも先に少年が言いました。
『もしかして腹減ってんの? よかったら、オレの夢、食う?』
驚きすぎてなにも考えられませんでした。
けれど夢食いが固まっている間も、少年は少しの嫌悪も見せることなく、じっと答えを待っています。
『いい、の?』
自分の声が震えているのが分かりました。
怯えで表情が強張っていることも感じました。
ついに自分は幻聴を聞いたのではないかと疑いました。
けれど、少年はそんな不安を吹き飛ばすようににこりと笑いました。
『おう! オレにはたくさん夢があるから、一個くらいお前にやるよ』
一点の曇りもない笑顔でそう言われて、夢食いはぽろぽろと泣きました。
少年が慌てているのが分かりましたが、止まりませんでした。
そのまま泣いて泣いて泣き続けて、気づくと夢食いは少年の家のベッドで寝ていました。
目を覚ました夢食いに、少年はほっとしたように笑って、温かな飲み物をくれました。
もちろんそれは夢食いのエネルギーにはなりませんでしたが、その優しさが身に沁みて、夢食いは少年に今までのことを話しました。
少年はずっと黙って夢食いの話を聞いていましたが、途中から唇をかみしめて涙を零していました。
自分のために泣いてくれる人がいる。
それだけで、夢食いは満ち足りた気持ちになりました。
 
少年は、また夢をくれると言いました。
けれど夢食いは、この心優しい少年の夢を食べる事が、どうしても申し訳なくて。
このまま、この幸せな気持ちを抱えたまま飢え死にした方がいいとさえ思いました。
それを伝えると、少年はとてもとても怒りました。
『そんなのダメだ』
キラキラと光る瞳に明確な怒りの炎を宿して、少年はきっぱりと言いました。
幸せだな、と夢食いは思いました。
それを存分に噛みしめながら、少年を説得しようとしました。
『どうせオレは満足に食べられない。オレに夢を食われてもいいなんて思う変わり者は、きっと世界中にお前だけだ。遅かれ早かれ力尽きることになるのなら、今ここで眠ってしまいたい』
『だったらこれから先ずっと、オレの夢を食えばいい』
息が止まるかと思いました。
真っ直ぐな少年の瞳を見て、心が揺らぐのを感じました。
それでも、夢食いは首を横に振りました。
『ダメだ。オレが夢を食べれば、お前はそのことについて忘れてしまう。二度と取り戻す事は出来ない。だから……』
『それでお前が酷い目に合わずにすむなら、それがいい』
夢食いの言葉を遮るように強い口調で言い切った少年は、真剣な表情で続けました。
『お前が夢を食べるのは、お前のせいじゃないだろ。なのに、酷い目にあうなんて、そんなのオカシイ。さっきも言ったけど、オレにはたくさんの夢がある。毎日いろんな夢が出来る。だから、その内のいくつかをお前にやったって、痛くもかゆくもねーんだよ』
信じられませんでした。
だって今まで、誰もそんな風に言ってくれたことなどないのです。
疎まれ、嫌われ、生きていることさえ否定されて、夢食い自身も自分の性質上仕方のないことだと諦めていたのに、それをオカシイと言ってくれる人物が現れるなんて、どうして予想できたでしょう。
夢が夢である以上、それはいつか叶う事を願った大切なものであるはずなのに、少年は夢食いのためなら惜しくはないと言うのです。
どれでも好きなものを選べと言われて、夢食いはもう抗えませんでした。
そっと少年の胸の内に浮かぶ夢の一つに手を伸ばして、食べました。
それは、夢食いが生まれて初めて味わった、幸せで温かく、心の奥底まで沁み渡る食事でした。
 
それからずっと、少年は夢食いに夢を与えてくれました。
そして、夢食いが食べた以外の少年の夢は残らず叶い、それに気づいた人々はこぞって夢食いを招きたがりました。
とんでもない好待遇を示された夢食いに、少年は『どこへでも好きなところに行っていい』と言いました。
夢食いは『ああ、だからここにいる』と笑いました。
それを聞いた彼は、もうなにも言いませんでした。
少年が青年になっても、成人を迎え壮年を経て老人になってさえ、彼の胸には変わらず夢が溢れていました。
キラキラと輝くそれを眩しく見つめながら、夢食いはずっと彼に寄りそっていました。
 
そしてある穏やかな春の日のことでした。
すっかり年老いて寝たきりになった彼は、ベッドの脇に夢食いを呼んで微笑みました。
『お前に、オレの、最後の夢を、やろう』
苦しそうに呼吸を整える彼を、夢食いはじっと見つめました。
『もう一度、お前に、会えます、ように』
その言葉を最後に、彼は静かに息を引き取りました。
宿る胸を失った夢が浮かび上がり、夢食いは優しくそれを捕まえました。
けれど夢食いはそれを食べようとはせず、代わりにそっと抱きしめて、そのまま彼の横で目を閉じました。
 
 
そうして、長い長い月日が流れ。
 
 
夢食いは人間に生まれ変わりました。
現在彼がいるのはインターハイのスタートライン。
観客の歓声を浴びながら、目眩がするほどの熱気の中で。
「いくぞ、一」
「ああ、純太」
ようやく再会を果たした二人が、新たな夢を胸にスタートするまで、あと少し。

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