A08『コロッセオ第1戦』

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「自転車競技もメジャーになった。そういう者もいる。しかし私はそう思わない」
 自転車メーカーの社長として、また選手として長くこの世界に関わってきた男は自転車連盟会長就任挨拶でそう語った。
「相撲を見ない者でも横綱の名前くらい聞いたことはあるだろう。野球のルールを知らなくても投手や打者の一人や二人、名前をあげられるはずだ。しかしロードレースは!まだまだ一般家庭に広く知られているとは言い難い!!」
 裾野を広げることが大事なのだと男は言う。誰もがその選手の名前を知り、親しみ、憧れて、自らその選手を目指す。強い選手の存在がより強い選手を育て、やがてオリンピックでメダルを獲る。
 そうして初めて自転車競技がメジャーになったと言えるのだ。

 その熱意に感動した日がありました。オレにも。
「いやさー会長の信念は素晴らしいと思うよ、ホント。でもさ方向性、間違えてね?これ、マジでロードレース界の未来に寄与する?どう思うよ泉田」
 いつのまにか通いなれたテレビ局。いつもの控室で台本に目を通していたオレは、すっかり顔なじみとなった泉田塔一郎に愚痴る。
「ふ、手嶋くんは会長の信奉者だと思っていたよ。どうやら違うようだね」
「信奉者は言い過ぎだろ。恩義は感じてるけども」
 忘れられない、あの夏、インハイ。箱学、京伏との因縁の戦いに、総北への注目度は高かった。けれども実績のない手嶋純太個人を見ている人がいるとは思わなかった。
 熱い夏が終わり、さあ受験勉強突入だというところに現れた彼、自転車連盟会長は、開口一番こう言った。
「見てたよ、いろは坂」
 驚き、返事ができないオレの手をがっしり握り、ぶんぶんと上下に振りながら、彼は続けてテレビCMの話を持ちだした。
「君の走りは決して天才的ではない。しかし、だからこそお茶の間に親しみを持って受け入れられるだろう。そしてあのシンクロ走行。実に素晴らしい!ぜひともこの話を受けていただきたい。自転車メーカーとドリンクメーカーの夢のコラボ!売り出すドリンクの名前はティータイム!これでどうだね?」
 どうだねじゃねーよ。お断りしようと思ったが、提供される自転車用品やらドリンクに目が眩んだ。
 結果、青八木と2人、コーナー曲がりながらのドリンク受け渡しCMは大いに話題になり、気がつけばオレも実業団チームの一員として練習とレースに明け暮れる日々が…。送れていないんだな、これが。
 頬を膨らませるオレに準備をすませた泉田が悪戯っぽく問いかける。
「では敵前逃亡するかい?」
「冗談じゃねーよ。受けた仕事には全力を尽くす主義でね!この料理対決、総北が勝つ!!」
 ばん、とテーブルに叩きつけた台本には『フードコロッセオ』の文字。副題は『ドリーム対決。イケメンロードレーサーの本気バトル。美味いのはどっちだ!?』。
 あー、会長。『イケメンロードレーサーが世界で活躍し始めた今が千載一遇のチャンス!お茶の間に進出だ!』作戦、何かが根本的に間違ってます。いや、レース観戦者は激増してるそうですけど。今泉モデルとか新開、東堂モデルとか飛ぶように売れてるって聞きますけど。
 でも顔パスでテレビ局に出入り可能って、オレたち、タレントじゃないんですけど!!
 自転車競技界のジャニさん呼ばわりされてる会長の顔を恨めしく思い出しながら、オレもコック帽を頭にスタジオに向かった。

『レディースアンドジェントルメン!ようこそフードコロッセオへ。本日のバトルは宿命のライバル校対決!箱根学園と総北高校出身の2人!泉田塔一郎ー!!手嶋純太ー!!』
 眩しいライトを浴びながらスタジオ入りすると、司会の女子アナがマイクを傾けてくる。
「本日は特番のチーム戦です。お2人の出身校からは多くの人気ロードレーサーが誕生していますが今日は期待してよろしいでしょうか!?」
「もちろんとっておきのイケメンを呼んでます!」
 そう言うとオレは強力な助っ人、偉大な先輩の名を呼んだ。
「田所先輩ー!」
 バーンと闘技場の門が開く演出。スモークの中から現れた彼に隣から異議ありの声が飛ぶ。
「手嶋くん!本日はロードレーサー対決だろう!本業を呼ぶのはルール違反だ!」
「何を言う。確かに田所さんはパン屋だけど生粋のスプリンターだってこと、お前なら知ってるはずだぜ?」
 審査員席から問題なしの声が飛び、勝ち誇るオレに泉田も最強の刺客を呼んだ。
「東堂さん、お願いします!」
 途端、キャー!と観覧席から黄色い声援が上がる。
「ふ、登れる上にこの美形、そして料理の腕もいい!今日は勝たせてもらうぞ、総北!」
「オレも頑張るからよろしくね」
 ビシっといつものポーズを決める東堂尽八の後ろからひょこっと顔を出したのは真波山岳。
「おいこら真波、呼ばれる前に出るなよ!進行わかってる?台本読んだ?」
「すまない、手嶋くん。台本は送ってあったはずだが」
「すみませんー。飛行機の中で寝ちゃって台本読んでなかったです」
 てへっとあざとい笑顔に対戦前から箱学勢にポイント稼がれてる気がする。何よりオフシーズンとはいえ東堂、真波という海外移籍組を呼ぶなんてさすが特番、金に糸目をつけない!じゃなくて。
「こちらも呼ぶぜ。海外組!今泉俊輔!」
 キャアアアア!絶叫に近い黄色い声におっかなびっくり今泉が片手をあげつつ登場する。何度も表彰台にあがりインタビューに慣れてる男でもテレビ番組の収録というのは少々勝手が違うようだ。
 さて制限時間30分。各自最低一品は自分一人で仕上げること。そんな本気バトルの結果は。

「パン屋の本気!30分で手作りパンだ!」
「ブイヤベースのコツは短時間で仕上げること!地中海風だよ!激辛じゃねーけどな」
「レタスサラダです。どうぞ」
 見た目も美しい田所さん特製パンと、きちんと魚4種、サフラン、フェンネル、オリーブオイル使用で仕上げたオレのブイヤベース、包丁を持たせられない今泉にはレタスをちぎらせ、彩りにボロニヤソーセージをうさぎの形に型抜きさせた。見事なカフェ飯。
「30分では品数を揃えられんのが残念だがこれだけは負けんよ。我が東堂庵直伝のだし巻卵と吸い物だ!」
「フライパンでご飯を炊く。これで30分だ。アブ!」
「サバの塩焼き。キャベツと塩昆布のサラダ。あとミルク寒天です。おいしそうでしょ」
 本格出汁作りから取り組み、ふわふわの美しいだし巻卵を作った東堂さんと実質米を炊いただけの泉田はともかく。
「真波、お前、料理作れたのかよ!?」
「はーっはっはっは。リサーチ不足だね、手嶋くん。これでいて真波はオレよりも料理が上手いのだ」
 まさかの伏兵に驚愕するオレたち総北。審査員席もアイドル系箱学が和定食という意外性に大いに驚いている。ヤバイ。
「どちらも美味しく、甲乙つけがたいのですが、総北高校、今泉選手のサラダがですね、水切りが足りなかったようで水っぽく、あとドレッシングが分離してますね」
「見た目は素晴らしいんですけどね」
「対して箱学。派手さはありませんが、日本人の味覚に訴える味ですね。意外にも短時間で炊いたお米がふっくらと美味しくて」
 結論、箱学の勝利。
「く…!最初の選択どおり鳴子を呼んでいたら…。テレビのビジュアル的に今泉を呼べなんてオファー出なければ…イケメンエリートが憎い」
「ちょ、聞こえてますよ!手嶋さん!!」
「残念だったが確かにこりゃうめーわ。お前らも食ってみろ」
「田所さん!まだ収録中…って真波、お前もブイヤベース食ってんじゃねーよ!」
 なしくずし的に双方入り乱れての試食会に突入してしまった。
 台本が、シナリオがと気にしていたのは凡人であるオレだけで、普段見ることのできないロードレーサーの素顔が垣間見られたと番組は大変好評だったらしい。
 フードコロッセオ、第2戦のオファーを手にしたオレは、誰を戦場に送るか、真剣に考えている。
 次こそ箱学に勝ってみせるのだ!!

A08『コロッセオ第1戦』の作者は誰でしょう?

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票数: 12

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