A06『プリン攻防』

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「……」
「……」
「……」
 スプーンを片手にプリンとにらみ合っている手嶋さんが居る。
 そしてその隣に、膝の上にカセットコンロを乗せた青八木さん。
 更にプリンが乗っている机の対面にオレ。
 言い忘れていたがここは部室だ。
 
……なんだろう、これ。
 
 

プリン攻防

 
 
 そもそもの発端は、OBの先輩が差し入れにと持ってきてくれたバニラプリンだった。陶器製のココット皿くらいの深さに、気泡一つない滑らかな表面のプリン。これに一番目を輝かせたのはウチの主将だった。鏑木はどちらかというとプッチンできるプリンの方がテンションが上がるらしい。小野田に教えてもらったからプッチンできるプリンもちゃんと知っている。ちゃんとプッチンしたこともあるし、プッチンするのは特別な時だけで、普段はそのまま食べることが多いことも知っている。
 まあとにかく、もうちょっと腹にたまる物を持ってきてやればよかったかなあと零したOBの先輩の言葉のまま、部活終わりでスポドリだけでは糖分が足りない部員たちにかかれば、プリンなんて一瞬でなくなった。
 みんなが早々に器を片付ける中、プリンを前に腕を組んで悩んでいる人物がひとり。まあ流れで分かると思うけれど手嶋さんだ。あまりにもうんうん唸っているし、保冷剤で冷えていたプリンもぬるくなりそうで声をかける。
 
「どうしたんですか?あんまり長いことそのままにしてたら古賀さんに食べられますよ」
「鏑木じゃなくて古賀な所がリアルだからやめてくれ。いやまあ、大したことじゃあないんだ」
 
 軽く手を振りつつ肩をすくめる手嶋さんだったが、ああ、でも、お前になら相談してもいいかもしれない、とすっと表情を変え、真剣な顔でこちらを見つめてきた。
 プリンを前にして話してくることなんてたかが知れているし、この人が真剣な顔をしている時の相談はだいたいくだらないことが多いけれど、一応聞く。大体真剣な悩みは言わないし、言ったとしても明日の天気は雨らしいぞ、くらいの軽い調子で言うのだ。
 
「なあ、今泉、このプリン、クレームブリュレにしたらうまそうだと思わねえ?」
「……はあ?」
 
呆れるため息と、あんまり意味がわからないし聞き返したい思いが混ざって中途半端に失礼な返事になってしまった。流石にまずいと思って言葉を重ねる。
 
「クレームブリュレにする、ですか?」
「そう!バニラ系だし、底にカラメル付いてないプレーンなプリンみたいだから、クレームブリュレにしたらうまいんじゃないかって」
 
 手嶋さんは妙にテンションが高い。この人こんな甘いもの好きなんだっけか。
 
「そもそもクレームブリュレって作れるんですか?」
「ああ。砂糖と熱したスプーンがあれば可能だ」
 
 突然真横から声がしたかと思って視線を向けるとカセットコンロを抱えた青八木さんが居た。いつの間に。持ってきたぞ、純太。と手嶋さんに声をかけると、さんきゅ、と返事をしていたのでこの人が頼んだのだろう。部室にあったのかカセットコンロ……。聞くと、何代か前の先輩が部室で鍋をした時の残りなのだそうだ。
 
「で、今泉どう思う?」
「まあ、可能なのはわかりましたけど、店が提供してるそのままを食べるのが一番おいしいんじゃないですか?」
「そうなんだよなー!!分かってる……分かってるんだ……。でもこう、ひと手間加えた方が美味しくなるかもしれないって誘惑がな……。」
 多分オレの悪癖なんだわ、とため息をつく手嶋さんの隣でうんうん頷く青八木さん。それは何に対しての肯定なんだろう。
 
「俺は純太がそうしたいと決めたなら、すべきだと思う」
「青八木……」
 
 わかった、ありがとな、と良さげな空気を作っているが話の内容はプリンだ。まあお好きにどうぞ、という感があるが、なんとなく見届けなければいけない流れになってしまい、冒頭に戻る。
 
 青八木さんが机にゴトリとカセットコンロを置いた。意味ありげに頷きあったあと、手嶋さんがつまみをぐっと押して、ひねった。カチャっという音と、そこから火がついたカセットコンロの青い炎。その炎の先端に銀色のスプーンをかざす。さらさらと来客用に置いてあるスティックシュガーをプリンの上にかけ、その真っ白なグラニュー糖の枯山水に熱したスプーンを押し当てる。
 じゅううううという音と共に砂糖から煙があがる。飴色に融けた砂糖を目の当たりにし、本当にできるんだなと少しだけ感動して、プリンから目線を上げると手嶋さんと目があった。何を思ったかウィンクが飛んできたが、リアクションの返し方が未だにわからないのでそっと目を伏せる。
 そうしてしばらく置くと表面が固くキャラメリゼされたプリン、改め、クレームブリュレが完成した。まあ表面を焼いただけなのだが、元々の素材がいいので、更に上等に見える。
 
「これ!オレはコレがしてみたかった!」
「してみたかった?食べてみたいじゃなく?」
「クレームブリュレくらい食べたことあるよ。いや、結構ネットで作れるって書いてあるのを見てて。でもプラ容器のプリンだと、うっかり融かして台無しにしそうでさ。機会を虎視眈々と狙ってたんだ」
「普通に陶器のプリン買えばいいんじゃないんですか?」
 
 そういうとこが分かってないなーおぼっちゃんは、と言われたが、声色にやっかんだ響きもないのではあ、と返す。そこらへんは本当に良く分からないので今度小野田に聞かねばならない。
 手嶋さんは会話をさっさと切り上げ、スプーンを両手に挟んだまま、手を合わせた。
 
 「よし、それじゃあいただき……」
 
 ます、の声は、手嶋さんの後ろから伸びて来たスプーンに遮られた。びっくりして振り向いた手嶋さんはそのまま固まっている。
 カツン、とキャラメリゼされた飴砂糖を割り、一口分すくいとったスプーンは、そのまま本人――――――――古賀さんの口に運ばれた。
 
「うん、悪くはないが、冷えてる状態でそのまま食べた方がうまかったな」
 
 ごちそうさま、と人の良い笑顔を浮かべた古賀さんはそのまま何事もなかったのように去っていく。
 手嶋さんはというと、最初固まっていたがそこからわなわな震えだし、
 
「いいんだよ俺はコレが食べたかったんだから!!!」
 
と背中に向かって叫んでいた。
 それにうんうん頷いている青八木さんは、やっぱり何に対しての肯定か分からない。どうすればいいのか分からないので、やけになって、自分が食べていたスプーンでクレームブリュレを一口すくって食べてみた。
 
 ぱりんと口の中で割れていく少し苦いキャラメリゼ。
 そうしてやってくるバニラの香りとなめらかなプリン。
 それらが口の中で……。
 
「あ、ほんとだ。これやっぱり普通に食べた方がおいしいですね」
 
「たとえそうだとしても言うな!!!!」
 
手嶋さんの悲鳴はグランドで整備をしている生徒にまで響き渡ったという。

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