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前略
傷の具合はどうだ?痕は残らなかっただろうか?
まずは文也、お前に謝らなければならない。
そう言うとお前はきっと否定する。謝罪など必要ない、自分が勝手にやったことだと。
だから、そうだな。面と向かってはもちろん、LINEやメールでも伝えづらくて手紙を書くことにした。とはいえ手紙なんてほとんど書いたことがない。形式を無視した、とりとめのない内容になるかもしれないが許して欲しい。
あのインターハイの結果について、オレ自身は納得している。というかしていた。
それを悔やんでも悔やみ足りないと思ったのはお前の怪我を知ったからだ。
先行して、独走にもちこんで山岳賞を単独で獲る。
それがオレとお前が、いやオレ達チームが決めたインターハイの目標だったな。
お前が文字通り身を削ってまで用意してくれた最高の舞台を、オレは活かすことが出来なかった。
お前は、自分が仕事をやり遂げられなかったからだと言ったな。そんなはずはないとお前にだってわかっているはずだ。
オレが負けたのは総北小野田にじゃない。
オレは山岳賞ライン間際で負けたんじゃない。
オレは道半ばにして早々に負けた。
ただ、一度抜き去られた、それだけで心が折れてしまったんだ。
お前の信頼を、チームの期待を、オレはオレが築きあげてきたクライマーとしての実績を最も重要な場面で裏切ってしまった。
重い脚を、いつもより回らない脚を叱咤しながら、あの日インターハイの会場でオレは、インターハイに棲むという魔物について考えていた。
大空を舞う鳥を石コロに変えてしまう魔物。ただの石コロを空にはばたかせる魔物。
オレは前者の魔物に囚われてしまった。
オレはオレの翼を失い、空へとはばたく2人の選手を見送った。
オレはこれでもオレの才能を知っている。山岳最右翼とまで言われたオレだ。山での勝負には自信があった。1日目の先行逃げ切りに賭けたのは、総合優勝を目指す箱学に勝てる可能性が一番高かったからだ。総合力で箱学に勝てるとまでは思わない。けれども、総合優勝を最終目標に掲げる箱学なら、初日からエースに足を使わせるとは限らない。あわよくば山岳リザルト、その後のゴールまで狙ってクライマーを送り出すだろうが、アシストまでつけるほどではないだろう。それならば戦える。戦えると思っていた。
そして文也、オレはお前に総北小野田をマークさせた。そうすれば山岳ラインまでのどこかで追いつかれ、競り合いになるとしても、その相手は箱学1人のはずだった。
ノーマークだった総北の5番。
同じ3年だ。クライマーとしての実績があれば当然気にしていたはずの、昨年度優勝校のキャプテンのことを、オレはあの日抜き去られるまで全く意識していなかった。
ここだけの話、彼のことは道ばたのただの石コロだと思っていたから、想定外の衝撃を受けた。
あの2人に追いつき、追い抜くビジョンがあの日のオレには全く見えなかった。
後者の魔物を味方にした総北5番、そしてもともと魔物みたいな、箱学の真波。
即座に踏み込めなかった時点で諦めたオレを、お前はもっと怒っていい。
魔物の話なんて、諦めるための口実でしかなかったと、お前の傷を見て思い知った。
オレはオレだけの力で走っていたわけじゃなかった。お前達の信頼と期待を背負って走っていた。レースに勝敗はつきものだ。例えライン際まで競り合っても負けたかもしれない。いや、きっと負けただろう。聞いたところによるとあの5番は3日目の山岳ラインで箱学のエース葦木場に競り勝ったそうだから、オレは2位に入ることすら出来ずに3位で終わっただろう。それでも、それなら、これほど悔いることはなかった。
本当にすまなかった。
こんな手紙をもらっても困惑するだけだろうとは思う。
ただオレが謝りたいだけの、自己満足だ。
そして、もう一度走り出すための、オレがオレの翼で空にはばたくための、ひとつの手段だ。読み終わったら捨てて欲しい。
間違っても、10年後とかのOB会で読み上げたら許さない。
文也、インターハイ後、部活引退を早めたオレに、自転車をやめるのかとお前は聞いたな。あの日、オレは返事をしなかった。けれども。
オレはまた登り始めた。
大学でも自転車は続けるよ。
インターハイ、お前と、お前達と走れてよかった。
この夏休みが終わったらまた部活に皆の顔を見に行こうと思う。
これからもよろしく。
草々