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メトロノームの首筋に針先で触れたかという程度。
今日も追いつけなかった…。脳内で一人反省会を開いている最中、新開はフト、アスファルトの上に座る自分の足元に伸びるものを見る。影。2m超の長身である2学年上の先輩の葦木場、その影だった。
本日の一戦のゴールとした高台の駐車場は夕日が強いオレンジ色を照りつけていて、顔を上げた新開から臨むその背は逆光だ。時間帯からすれば影も伸びようが、やはりこのヒト、こんなモノまで縦に長い。
足で踏む。クリートとコンクリートにざらついたキッスを強要し、新開は葦木場の影の、ちょうど頭のド真ン中を踏みつけた。
「悠人?」
だけど、それもほんの5秒か6秒。葦木場が突然こちらを振り向いたため、新開は反射的に軽く飛びのき、っとと足をどけた。自分に向かって歩いて来ながら、相手はけげんそうに小首を傾げる。
見られたか。いくら影とはいえ先輩の、しかも頭を踏みつけるだなんて失礼だったろうかイヤそこまで後ろめたさをおぼえなくてもいいんだろうけど……。なんとなく。
葦木場は近寄るが否や新開に言う。
「悠人」
「ハイ」
「影踏みか」
「はい?」
「懐かしい遊びだな。小学生の頃によくやったよ、オレは、他の皆より影も長いから、日陰の少ない場所での影踏みは不利だった…」
うんうんと頷きながら言う。
「知ってるよな?影踏み。影を踏まれないように、日陰に入りながら鬼から逃げるんだが、ずっとは入ってられなくて確か時間制限があって…オレのところは10秒……いや15、もう少し長かったかな……」
「…ハァ……」
やっぱこの人、天然だ。スゲーし尊敬してるけど、まがうかたなきド天然だと新開はもう何度目かのそれを思う。
そりゃ、影踏みくらい知ってるけどなんすかそれが。自分から話を振ったくせに、どうにも記憶がおぼろげらしい相手はまだブツブツ言っていたが、その内満足したらしい。ヘルメットをかぶり直す相手にならい、新開もその場から腰を上げる。
「よし、そろそろ戻るぞ」
「ハイ」
「悠人が鬼だな」
「は」
そう言うとバイクにまたがり、葦木場はサッサともと来た道をすべり下りていった。前を向いて走り出す直前に自分を振り向いた唇が優しく、しかし煽るような笑みをたたえていたことに新開は後からハット気がつく。
追え!
本能が肉体にそう命じ、それに従順にバイクを駆る。知らずベロリと唇を舐めた。その影を縫うは蜂の針、なんてのはマンガかアニメの世界だろうが。
鬼と呼ばれたのは兄だけど、と一瞬脳裏によぎった肉親の顔を振り払って、悠人は、ペダルを蹴り追撃を、開始。
