【F05】Only WE can see

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鳴子や今泉に甘えている。
そんな言葉を言われていた。今泉俊輔の、見知らぬ者だった。
「言い返さないのか」
今泉の言葉に杉元照文は、「気にしていないさ」と笑う。
「事実じゃないだろう、誤解されるぞ」
「ありがとう、今泉。だけど構わないよ、ボクは。一人じゃやれてないっていうのは本当だ」
確かに、今泉は杉元にアドバイスをした。だけど実行したのも、頼んだのも、全て杉元だ。甘える、と言う表現が適当だとは思えない。
 
いつも、へらへらとしているからだ、と思う。何だって経験者だから構わないよ、と軽率に安請け合いするお人よしだから、何でも言うことを聞くと舐められているのだ。そうでなければ、甘えているだなんて言葉を面と向かって浴びせられはしないのではないか。
鳴子だって相当なお調子者だが、あれはされたことは10倍、いや100倍にして返す男だから、正直引くことはあれど不安は全くない。だけど杉元は、鳴子ほど思い切りがよいわけでもないだろうに。
別に、杉元が本当に構わないと言うのなら、今泉には関係のない話だけれど。
 

 
「ま、そんなもんだろうな。関係ない奴から見たらさ」
「……手嶋さん、それでいいんすか」
少しむっとして語気を荒げると、ちげえって、と手嶋が肩をすくめる。
「お前の気持ちは分かるよ。杉元の友達として怒ってやってんだろ?」
「……別に、そういうわけじゃないす」
つい反射的に否定してしまう。
友達、と言えるのかは今泉には分からない。ただ、杉元は本当に気にならないのかと思い始めると、自分一人では埒があかなくなった。
そう考えた結果、今泉の知る中で最も人づきあいの上手そうな人間にあたることにした。「そういうのは、笑っとくもんだって、……なんて、お前に言っても分かんねーか」
「分かりますよ、それくらい、処世術、でしょう」
手嶋は自分のことをなんだと思っているのか。分かっている。あの杉元に何も、彼らに喧嘩を売れだとか、鳴子のようにやり返せなどと言いたいわけではない。
ただ、気になるのだ。いつもの調子で話す杉元を見ると、あの時の「気にしていないさ」が頭をよぎってしまう。自分が自転車に集中できなくなっては話にならない。
「ま、分かったってことにしとくわ。実際、お前らしいと思うぜ?ま、お前が違うって分かってれば、それでいいんじゃないか?」
「……オレだけが分かってても、意味ないでしょう」
そうだ、今泉だけが知っていても、何になる。杉元を「知らない」人達が理解しなければ無意味だ。それともこの人は、友達のいない今泉に杉元の長所を喧伝して回れとでも言うのか。やめてほしい。切実に。まず、そんなに親密な間柄ではない。
「そうじゃねえって。お前それ、本気で言ってんのな?いやあ、ちげーわー。あ、悪口じゃねえからな?」
手嶋は笑った。お前ほんと分かりやすいな、と何がおかしいのか腹を抱える。別に悪口だとは思っていないが、手嶋が何をおかしがっているのかわからず、ぽかんとしてしまう。
「どういう意味ですか、それ」
「おっと、こっからは自分で考えてみろよ。ヒントはあげたぜ?オレのアドバイスはここまでだ。胸に手を当てて、ちゃんと考えればさ。エリートのお前には分かるはずだぜ」
じゃあな、と何とも気軽に、手嶋は部室を去って行ってしまった。エリート関係ないだろと思いながら、一応、胸に手を当ててみる。
(オレが、分かっていればいい、か)
それでも、やっぱり、皆が知っているに越したことはない。だってそれは、杉元の事実ではない。それを今泉は、知っているから。
 

 
「おい、鳴子」
「なんやスカシ、ついにワイのあまりの男前さに見惚れたんか?」
「それはありえない。アレだな、……オレの影にすっぽり入るんだな、おまえ」
「はー!?つまらんやっちゃなー、スカシ君は。で、結局なんやねん。ホンマに喧嘩売りたいだけやったら知らんけどな」
つまらないと言われても、本当に一ミリたりとも思っていないのだから仕方がない。売ってねえよと返して視線を落とす。
鳴子に、聞きたかったことがあった。それは事実だ。だけど、鳴子の顔を見ると、何故か自分が当初考えていたこととは少し違う言葉が漏れてしまった。
「杉元って、あいつ、友達いるのか。お前、知ってるか」
「…………」
鳴子が顔をしかめ、黙り込む。そんなに妙なことを言った覚えはない。
「スカシ、あんな、一応言っといたるわ。仲良くしたいなら、自分で声かけなアカンで」
「なんでそうなる」
どうやら今泉が杉元と遊びたがっていると思われたらしい。別に嫌というわけではないが、そんな意図があったわけじゃない。単純に、クラスで杉元が誰と話しているのか知らないな、と思っただけだ。
「カーッ!不器用にもほどがあるやろ!スカシならスカシらしくガンガンスカしとけばええねんお前は!スカさんスカシとかほんまおもろないわ」
「お前はオレにスカシて欲しいのか欲しくないのかどっちなんだ」
聞くなやと鳴子にばしりと背中を叩かれる。鈍い痛みが走り、流石に文句を言おうとしたが鳴子の姿はない。絶対小野田相手ならもっと手加減するだろう。自分相手だからなのか、やりすぎだろと思いながら、今泉は背中を軽く摩った。
 

 
「ボクはほら、オタクでしょ?きっと、オタクなんて気持ち悪いって思う人もいると思うんだ。そりゃあキモいって思われるのはショックだけど……でも、ボク、自転車初めて、今泉君や鳴子君と出会って、みんなで秋葉原に行けて、本当に嬉しかったんだ。だから、沢山知らない人にキモいって言われても、今泉君や鳴子君達だけでもボクに引かないでいてくれるんなら、それがすごく嬉しいと思う。……杉元君もそうなんじゃないかな?なんて……あはは」
その日の放課後、小野田は言った。
 

 
「杉元」
「ああ、今泉。おっと、プリントが」
翌日、プリントの山を抱えた杉元を見る。また、面倒なことを引き受けているらしい。兄だから、経験者だから、運動部だから。口の上手い同性なのか、騒がしい異性なのか、面倒臭がる教師なのか。今日は一体誰に、何を言っているのだろう。それとも、杉元は本当に、自分で好んで引き受けているのか。
今泉には分からないし、分かりたいとも思えない。本当に自転車で強くなりたいと思うならば、そんなもの全て断って、そこに残った時間で無駄なくペダルを漕げばいい。
そう思う。それは、決して変わることはない。それを以てして、自分は冷たい人間なのだと言われたらそれでもいい。それでも。
(オレが、分かっていればいい、か)
「半分」
「ん?」
「半分持つ。時間かかるだろ」
「今泉……」
気を取られて自転車に打ち込めなくなるよりは、幾分かいい。今泉にとっても、杉元にとっても。
「なんやスカシ、今日はちゃんとスカシとるやないかい。んならワイも手伝ったるわ」
「な、鳴子君、今泉君、杉元君!ぼ、ボクも手伝うよ!」
今日もスカシてるってなんだと今泉が追及するより早く、そこに現れた鳴子と小野田がそれぞれ今泉と杉元のプリントの半分ずつをかっさらう。どう考えても、四人がかりで運ぶ量ではない。
「四人で行ってどうすんだよ、こんなん」
「何言うてんねん、四人『が』ええんやろ、な、小野田君」
「うん、鳴子君!」
「おい、二人だけで頷き合うな。……騒がしくして悪いな、杉元」
「いいんだよ、今泉。気にしていないよ!」
以前も聞いた言葉だった。口を開きかけ、しかし、今度は思う。多分今回の言葉は、間違いなく本心なんだろう、と。不思議と、すんなりとそう思えた。
「そうか」
それならいいんだ。
「何しとんねんスカシ、杉元、遅いで!」
「な、鳴子君、待ってよ~!」
「五月蠅いぞ鳴子、落としても拾わねえからな!」
「あ、ダメじゃないか今泉、校則を破ったら!……なんて、今日は特別だよ、うん!今日だけはね!」
少しばかり小走りで、今泉と杉元は、二人の後を追う。
 
その歪な影が、四つ並ぶまで、あと。

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