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キミが選んだ道は――正しくは、ボクがキミに選ばせたその道は、影だ。
キミはいつか、その道を選んだことを後悔することがあるのだろうか。かつては光の中にいたこともある、キミが。
昼休みのことだ。いつも昼休みのグラウンドはどこか騒がしかったけれど、その日は特に騒がしく感じられて、ボクは思わずグラウンドに目を遣った。人の声がやけに耳について何かあったのだろうかと外を覗くと、体操服姿の生徒が数名でサッカーの真似事をしている姿が目に入った。騒がしさの正体は、明らかだった。
なぜ真似事なのかというと、単純に人数が足りなかったからだ。五、六人の生徒がただボールを奪い合うだけで、試合形式ですら無いそれをサッカーと呼ぶにはどこか憚られる。おそらく、昼休み明けの授業が体育の生徒が少し早めに着替えを済ませ、遊んでいるのだろうことは何となく予想ができた。
その集団の中に一人見知った者がいた。けれど、ボクはそれに気付きながら、その事実を無視してそこから目をそらした。
銀色の髪はどうしたって目立つ。――そこにいたのは確かに、黒田雪成だった。
ボクは目をそらしたというのに、ざわめきは止まない。それどころか、ボクがちらりと外を見遣ったことに気がついた人がいたのだろう。教室の窓際に人が集まり始め、その人だかりは大きくなる一方だった。
ボクと違って、皆は外の光景に夢中になっているようだった。当然といえば当然だ。だって、
いつだって、
それを、羨ましいと思ったことは一度もない。その万能さをボクは望んではいなかったし、そうはなれないことを知っていたからだ。
ただ、いつも外側にいるのを寂しく思ったことはある。だから、ボクは
羨んではいないけれど、憧れてはいた。ボクにとっての彼は、そういう存在だった。
「相変わらず黒田スッゲェなぁ」
思考の海から舞い戻った瞬間、ふと、そんな声が耳に入った。声のした方を見遣ると、クラスメイトが窓の外を眺めながら話している。
記憶が正しければ、彼は
「アイツ、サッカー部じゃねぇよな」
「あー、確かチャリ部。でも、大体のスポーツあんな感じでできっからさ。一年のときの体育なんか、どんな競技でも基本あいつの独壇場だったんだよな」
「それ、聞いたことあるわ。つーか、なんでもできんのに、なんであいつチャリ部なんだろうな。チャリ部だと、表彰されてんの葦木場とかじゃん」
「そういや、そうだよな」
彼らの言葉を聞きながら、ちくりと、胸が痛んだような気がした。別にボクが罪悪感を覚えるようなことではないはずなのに、気分が落ち込む。
そうではないのだ、とここでボクが訂正することは簡単なことだ。彼らに自転車競技がどういうもので、
けれど、そうしたところでボクの気は晴れたりしないこともボクはよく知っている。
もう一度、窓の外を見遣った。
「つまり、塔ちゃんは後悔してるってこと?」
放課後、部室でボクにそう尋ねてきたのは葦木場だ。正確に言うと、ボクが思わず漏らした言葉に反応してくれたのが葦木場だった。
ボクは葦木場の言葉に思わず首を傾げた。そんなつもりは毛頭なかった、と言っても信じてもらえそうにない状況なのは理解していたから、口が裂けてもそれは言えそうにない。けれど、ボクが首を傾げたのはボクの本心だった。
葦木場に言われてようやく気付いたのだけれど、葦木場が言うことは最もだった。ボクの胸はこうやって痛むのだから、後悔していると言っても何らおかしくはない。
けれど、それでもそれは違うのだとボクは声高に告げたい気持ちでいっぱいになった。そういうことでは、決してないと、ボクの内にあるものが叫んでいる。
全てを順序だててきちんと口にすると、葦木場は塔ちゃんの心中は複雑だねぇとまるで他人事のようにそう告げた。他人事には違いないのだろうけれど、その言い草はどこか腑に落ちない。だから、ボクは少しだけ嘘をついた。
「後悔なんてするわけがないじゃないか。そもそもそんなことをするくらいなら、
「うん、それはそう思う」
「じゃあ、なんで」
「でも、塔ちゃんはユキちゃんにヒーローでいて欲しかったんだろうなって思ったから」
どきりと心臓が跳ねて、それから、そういうことかと納得をした。図星だとは口が裂けても言えなかった。けれど、葦木場が言い当てたことは紛れもなくボクの本心だ。
人に言われて、ようやく納得する。ボクはずっと
「ユキちゃんはすごいねぇ」
のんびりとした声で葦木場はそう言った。恐らくそこに称賛以上の意味は含まれていなかっただろう。けれど、そのすごいというたった一言がボクを救う。
そうだ、
きっと、それが
「オレの何がすごいって?」
不意に背後から声が聞こえた。葦木場とほぼ同時に振り向くと、当然そこには
いつものような不遜な笑みを浮かべたその顔を見て、ボクは思わずくくっと笑う。それに気づいた
――例え影になったって、
「……なんだよ、塔一郎」
「別に、何でもないよ」
ボクの感情は杞憂に過ぎない。だからボクは笑ったのだと言っても彼はきっと納得しないだろう。ただ、そのことがひどく心地よく思えて、ボクは再び笑みを浮かべるのだった。