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千葉県立総北高校が常勝王者箱根学園からインターハイ優勝を勝ち取った夏が終わった。
これまで後輩を導き、鍛え、支えてくれた三年が引退する秋が来る。
その日を目前に控えた部活の休養日、青八木一は手嶋純太に誘われて千葉市都市緑化植物園を訪れていた。
駐車場の一角に自転車を停め、入り口に向かう。掲示された園内マップ図を確かめた手嶋は、はっきりとした目的がある足取りで歩きだした。
咲き乱れる花には目をくれず、生垣見本園、ハーブ園、野草園、その奥、より緑深い方へと進み、そこに辿りつく。
そこでは、整然と並んだ木立の下、幾種類もの特徴的な葉が茂っていた。
この場所に誘われた意図が読めず不思議そうな青八木に手嶋はウインクをして見せる。
「シダ園だよ。これが見たかったんだ。付き合ってくれてありがとな、青八木」
しかし、これが見たかったと言いながら、手嶋の視線はシダには定まらない。ぼんやりと宙をさまよう視線は、目の前の景色よりもどこか遠く、記憶の中の何かを見つめている。
隣に並び、同じ景色を眺めながら、声はかけずに青八木はしばし待った。やがて手嶋の口からは、ため息とともに言葉がこぼれた。
「リザルトって花も、優勝って実もない、隠花植物って言われたんだ」
手嶋の声は、常の快活さを失って低い。
「最初聞いた時は漢字変換できなくてさ、ネットで調べたら、下等生物のことだなんて書いてあって」
「誰が言った?」
怒気をはらんだ青八木の声に、表情を失っていた手嶋の顔に笑みが浮かんだ。
「怒ってくれてサンキュ、青八木。相手はもう覚えてねーんだわ。それにさ、今は花や実の有無での区分に意味がなくなって、隠花植物って言葉はほとんど使われてねーんだって」
ひらひらと手嶋の手が宙を泳ぐ。終わる夏の、きつい陽射しが、ここでは僅かな木漏れ日となってその手にまだらに影を落とした。
「代わりに陰生植物って言うみてーなんだけど、高温多湿、日陰を好む植物。つまりこれ、シダ類やコケ類」
言葉と共にしゃがみこみ、ようやく熱心に観察し始めた手嶋にならって、青八木も腰を屈める。緑と落葉の、森の匂い。植物園の中で、最も目立たないだろう一角で青々と繁るその植物群。
「陰性植物は日の当たらないところで育つ。日の当たるレギュラーじゃなくても成長できる。そう思ってここまで来たけど」
言葉を切った手嶋の唇が一直線に引き結ばれる。目線は足元のシダから過ごしやすい日陰を作る木立に向けられた。
「三年と言う大樹がなくなって、直接太陽にさらされるオレはちゃんと成長できると思うか?」
先週、手嶋純太は三年金城真護から次期主将の打診を受けた。
二つ返事で引き受けた手嶋のことを、青八木は当然だと考えていたし、自分が副主将を命じられたことにも異論はなかった。
けれども手嶋の内面には、人には見せぬ葛藤があったらしい。
インターハイ前年度優勝校主将の看板はそれだけ重い。
「心配ない」
「青八木ィ」
その重みを理解しているはずの青八木の断言に、手嶋の眉が八の字に下がった。
「シダ類は好きだけど、純太はシダ類みたいな陰性植物じゃない。純太は陽射しが強ければ強いほど育つ。注目を力に変えることが出来る」
教室で見ていればわかることだと青八木は思う。
自然と級友を惹きつける。巧みな話術で誰とでも打ち解ける。手嶋には明るい陽射しが似合うだろう。そしてその光で他者の成長も促す。
「純太は直射日光に枯れる陰性植物じゃない。むしろ日光が足りなかった方だ」
最後まで言い切り、青八木は手嶋を見つめる。
「迷いとか恐れとか重圧にすくんじまう日も来るかもしれねーけど」
手嶋は、今はグローブをはめていない右手をぐっと握った。
「お前がいれば出来ないことはない」
「ああ、純太」
「よっしゃ、咲かせるか花!」
「実もだ」
「そうだな。目標は連覇だ」
勢いよく立ち上がった手嶋が木立の影から一歩踏み出す。振り返ることなく光の中へと歩み出すその背を見つめ、青八木は大きく頷いた。
