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鍵当番という仕事がある。まだ新入生が入って来る前の春休み期間、部の鍵当番は最上級生にあたる三年生が持ち回りで担うのだが何せ俺たちの代の三年は三人しかいない。当たると誰よりも早く学校に着き、宿直の校務員さんに声をかけて職員室から鍵を取って来る。戻ってきて部室の鍵を開けたら、全ての窓を開け換気を行う。そうして着替えて朝練の準備をしているうちに他の部員が来るので、貴重品を集めて部室奥の金庫にしまう。放課後にみんなが部活を終えたのを見計らって簡単に掃除をして鍵を閉めて、また職員室に返却しに行く。
至極めんどくさい仕事ではあるが実はこの鍵当番、部の朝練が始まるより前に先に一人でひとっ走りする……いわゆるこっそり練習をしたければ朝早めに出た分だけ走る事が出来るという利点がある。だから鍵当番に当たった今日もその算段で日が昇るより早く家を出て、学校に着いた。つまり、部室にもこの俺が一番乗りでなければならない。鍵を開けた向こうに先客がいると誰が予想できようか。
「クルッポー」
眠たい目をこすりくわ、と欠伸をしてからもう一度そいつを見る。
「ポー」
「ッショォォォ!!??」
鳩がいた。ガチな鳩だ、リアル鳩だ。
「エッ、お前まさか金城のとこの……」
「ポッポー」
「それは分かった」
追い出すべきか、いや万が一にも金城のとこの鳩だとしたらまずい。ちょうど昨日の昼練の時に「新歓で鳩を出そうと考えている」なんて会話をした直後だ。追い出すにしても携帯でとりあえず連絡を取って、金城のところの鳩でないことを確認してからだ。
「携帯は……アッ」
「クルッポー」
目当てのものをうっかりポケットから滑らせてしまい不幸にも鳩の足元へと転がり落ちた。パカリと開いた携帯画面を不思議そうに覗き込む鳩を眇めながらそろり、そろりと近寄る。
「いいか、ぜっったいに踏むなっショ」
「ポー」
その刹那、ブーッブーッとタイムリーに携帯が鳴った。着信音だ。振動に吃驚した鳩がバサバサと手足、いや羽と足をバタつかせている。
『ピッ』
「あっおい、出るなーー」
いや、万に一つでも金城からの着信であればそのまま大声をだして鳩の話を聞き出せば良い。
『もしもし? 今日は早いな巻ちゃん!』
「……」
面倒くさいので俺は黙ることにした。
「ポッポー」
『ん? 聞こえんぞ巻ちゃん。目覚まし時計か何か鳴っているみたいだか、ちゃんと起きているのか? おーいま」
「ポッ」
『ピッ』
今度は的確に終話ボタンを押した。この勘の良さと賢さ、間違いなく金城の鳩だ。そうと分かれば俺のやるべきことは、不用意に驚かせることなく鳩を捕まえ携帯を回収し金城が来るまでどこか安全な場所に隔離することだ。鳥かごなんてものは用意がないのでとりあえず捕まえてロッカーに入っておいてもらうか、とじわじわと距離を縮める。
「クルッポー」
おかしい。鳩は確かに俺の前方にいるのに、その声は後方から聞こえた。いやまさか、と恐る恐る振り返る。こめかみに冷たい汗が一筋流れた。俺の悪い予感とやらはどうしてこうも当たるのだろう。そう、俺の背後にももう一羽、鳩がいた。
「ポッポー」
「ポッポー」
まるで会話でもしているかのように鳴き声がシンクロする。マジか、挟みうちされてるじゃねぇか。
「っショ……」
頼む金城、いやこの際田所っちでもいいから早く来てくれ。
前方の鳩が一歩、二歩と俺の方に近づいてきて距離を詰めて来る。後方の鳩は幸いにも鳴きはするが動く気配はまだない。ポッポー、という一見間抜けな鳴き声がとても恐ろしく聞こえる。いよいよ会敵かという間合いにまできたところで、一気に距離を詰めるつもりなのか鳩が羽を広げ始めた。いよいよまずい、俺は本能的に頭を両手で覆い目を閉じた。
ちょうど真横でバササッと音が聞こえる。
しかし一向に鳩がこちらにぶつかってくる気配がない。そろりそろりと顔を覆っていた両腕を下ろして振り向けば鳩が二羽、仲良く並んでいる。こちらに気づいたのか、片方が小さくクルッポーと鳴いて外の空へと飛び去っていった。
「あいつら、番いだったのか?」
聞いても答えは帰ってこないがともあれ鳩は飛び去って行った。ふーっと大きく息を吐いて部室内を見渡すと、天井近くの小窓にわずかな隙間が見つかった。
「田所っち、死刑っショ」
昨日の鍵当番が登校次第この怒りと恐怖をぶつけてやらねば気が済まない。そう誓って俺は黄色いジャージに着替え始めた。
