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キャノンデールがバイクラックに掛けてある。
オレのバイクだ。
サイジャのポケットから鍵を取り出して、ワイヤーの鍵穴に刺す。
が、なぜか、刺さらない。
鍵を間違えただろうか。
そんなはずはない。
じっと鍵を見ていると、「触るな」と後ろから声がかかった。
「オレの自転車に何してんだよ」
え?
目の前にあるのは、キャノンデールだ。
オレの、キャノンデールだ。
反論しようと振り返ると、こちらを見る強い視線と目が合った。
……オレ?
中学の時の、オレ、手嶋純太がそこにいた。
「エリートが凡人のバイクに何の用だ?」
目の前の手嶋純太は、憎々しげな、強い瞳でそう言った。
エリート?
ふとバイクラックの横のガラス窓を見ると、そこに、映るオレと思しき人影は、今泉のものだった。
意味が分からない。
今のオレは、今泉?「あんまり成績が悪いから、何か仕掛けでもしてハンディを付けてるとでも思ったか? んなわけねーよ。ま、オレのことなんざ、知らねーか。たまたまそこにオレのバイクがありましてってわけだろ。気になったんだよな、自分より弱いやつらのバイクがどんなのか」
中学生のオレがオレ(おそらく、目の前のオレには今泉俊介に見えているだろう)に呪詛のような言葉をかけてくる。
あぁ、オレは、こんな顔をしていたわけだ。
こんな顔で、一人で走っていたのか。
最悪だ。
勝てるわけがない。
つい、口元が歪んだ。
「何がおかしい!」
流石オレ。相手の表情には敏感だ。
右手を見る。グローブをはめていない手。でも、オレには見える。ここにあるべき、「必」の文字。
「--な」
世界中を恨んでいるような男に声をかけようとしたら、視界が歪んだ。
「あ……」
「純太。うなされてた」
「わり。起こした」
「普通に目が覚めただけ」
「そか」
窓の外を鳥が通り過ぎる。住宅地では聞こえないような鳥の声が響く。
合宿3日目の朝。
今日は――。
ジャージと共に枕元に置いていたグローブを右だけ嵌めて、「必」の字を握る。
「青八木ィ。今日だ」
青八木が無言で頷いた。
「行くぞ。鬼ごっこの始まりだ」
「あぁ」
--なぁ、エリートを羨んで羨んで、悔しすぎて恨んですらいる中学生のオレ。教えてやるよ。おまえはもう、一人で戦わなくてもいい。そんで今日、おまえはチーム二人でエリートを追い落とす。