【F04】彼しか知らない

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「黒田さん、ここでお知らせです」
「おう悠人、どうした改まって」
「部室の鍵が無くなりました」
「はあああ?!!!」
 
 窓際で学級日誌を書いていると、悠人が黒板側の入り口から俺を呼んだ。後輩である悠人がここを訪れることがまず珍しいのでどうしたものかと聞きに行くと、冒頭の会話だ。
「いつからないんだよ」
「それが昨日から職員室に返ってきてないらしくて」
「昨日最後に閉めたのは?」
「真波さんらしいんですけど、返したって言ってて。泉田さんが取り敢えず黒田さん呼んでこいって」
「更に拓斗にお願いされてきたと」
「はい」
「伝言ゲームか!」
 俺のツッコミに悠人は物怖じせず、でも葦木場さんの言葉を解読して正しく伝えたので誉めてください、とにっこり笑って返してきた。まじで伝言ゲームだったのかよ。
「まあ、取り敢えず部室いくか」
「はい」
 教室で話していてもらちが明かないので、学級日誌の残りを『今日も1日楽しかったです。』で締めて、小学生か!早く外で遊びたくて日記の締めが雑なガキ大将か!そもそもガキ大将はちゃんと日記の宿題しねーよ!と自分に突っ込んでから二人で部室に向かう。
 ここから部室までは昇降口の延長線上だ。部室に行くのも3年生になると圧倒的に便利になった。学年が上がるごとに下の階になっていくのは、階段を登らなくてよいので楽だけど、だんだん外へと送り出そうとする見えない力を感じるようにもなった。
 もうすぐ来る夏が終わればあっという間にサヨナラだ。サヨナラだけが人生だとはなんとも寂しいが真理なのかもしれない。別れこそ、終わりこそ人生の煌めき。なんて感傷に浸るにはまだ早い。それより先にインターハイだしさらに先には今現在の問題だ。
「そもそも、」
「お、どうした?」
「真波さんは何で一番最後に鍵を閉めたんでしょう。自宅生ですよね?あの人」
 悠人が腑に落ちないという顔で首をかしげている。
「なんでってそりゃ自主練だろ」
「真波さんが?なんか似合わないですね。自主練って」
 山登ってて気付いたら夜だったとかなら想像つきますけど。と悠人が言葉を繋げる。
「そうか。一年だもんなァ」
「何がです?」
「いや、まあ、お前もこの夏過ぎたらわかんじゃねーかな」
 まあ、まだ俺もわかんねーけどな。とうっかり癖で鼻を擦ると、悠人は不思議そうな顔をしてこちらを見つめてから視線を前に戻した。
 明るい日差しはすっかり影とのコントラストを目一杯あげている。セミの声はそろそろ聞こえはじめていて、もうすぐ来る夏への準備運動はばっちりなようだった。
「そんなところなんですか?」
「そんなところらしいぞ」
「黒田さんまで聞きかじりですか」
「俺らは去年は柵の外側だったからなァ」
 そうか、葦木場さんもはじめてなのか、と悠人はひとりごちる。なんでも知っている先輩も自分と同じだということが目新しく、不思議で、嬉しいようだった。
「楽しみです」
「そうだな」
 柵の内側の景色は何色なのか。あの不思議チャンの色まで塗り替えたほどの濃い夏がまた始まる。そして始まれば終わるのだ。俺のインターハイは。
 
「すいませーん、体操服のジャージのポケットに入ってました」
「自転車の鍵なくしていつまでも帰れない中学生か!!!」
 
そしてこいつはやはり果てしなく不思議チャンだ。

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