【E04】もうすぐ鍵になる

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「こないな鍵で、どんなスカシたもんしまっとるんやろなー?」
 
 鳴子の悪戯めいた声が蝉と重なって、まだ人少ない部室に響いた。オレの目の前につまみ上げられたのは、長さ4センチ程の…小さな鍵だろうか。真鍮らしい素材に、持ち手の透かし彫りの細工。西洋の骨董品のような風合いだ。
 
「鳴子、勘違いしてるようだが、それはオレの鍵じゃないぞ」
 
 ため息をつき、ロッカーを強く閉める。
 
「はー? こんなん、スカシがスカシて持ってきた以外考えられへんやろー」
 
 妙に言い張る鳴子と何度か問答をして、念入りにその事実を伝える。すると、鳴子は何故か大げさに驚いて悔しがった。どうやらこれをネタに、オレにパシリのひとつでもさせようと思っていたらしい。だから拾っておいて、意味ありげに見せびらかしたのか。心底自分のでなくてよかったと思ったが、そうなるとわからないのは、これの持ち主だ。着替え終えた小野田にも声を掛けたが、心当たりはないとのこと。そして鳴子によれば、段竹たち1年生の持ち物ではないようだ。定時経由で、杉元の線もなくなっている。寒咲でもない。
 
 ならば残るは、先輩たち3人の中の誰かということになる。それならもうすぐ来るだろうし、直接返せば良いだろう。
 
「けど、こんな凝った鍵、誰の持ち物なんだろうね?」
 
 小野田はなんだか、わくわくしているようだ。鳴子も「せやなあ」と腕を組む。オレ自身も、誰に一番似合うだろうと無意識に目を瞑っていた。鍵とは、プライベートの象徴だ。この鍵で隠す何かを、3人の内の誰かが持っているのだ……。
 
「その鍵は、純太のだぞ」
 
「うわああああっ」
 
 そして3人揃って、ビクッと間抜けに飛び上がった。青八木さんの声はオレの肩越しに聞こえたが、いつからそこにいたのだろう。部室に入ってきた音すらしなかったのには、ぞっとする。
 
「おおお、脅かさんでくださいよ!」
 
 至極冷静に「別に驚かしてない」と否定した青八木さんは、改めて鍵を指差した。
 
「それは純太の日記の鍵だ。前に、筆箱に入ってたのを見た事がある」
 
 日記すか? 鳴子の意外そうな声が狭い部室に跳ね返る。オレも、そんな個人的なものが何故部室にあるのかと思ったが、小野田はどことなく、納得したような声を出した。何でも、印象的なことがあった日に「日記に書いておく」と言われたことが、何回かあるそうだ。なるほど、部活で起きた事を書くなら、部室にあってもおかしくないのかもしれない。
 
 そうか。あるのか……ここに。手嶋さんの日記が。いつまでもエースのオーダーをはっきりしてくれない、手嶋さんの日記が。しかも、それを開ける鍵が、これ……。
 
 
「ちょちょちょ、スカシ! なんか妙な事考えてへん?」
 
 妙な事ってなんだ。何故、オレから鍵を遠ざけるんだ鳴子。全く心辺りがないが、どうやらオレは鳴子曰く、手嶋さんの日記を探し出して開けてやろうという顔をしていたらしい。そんな訳あるか。
 
「人のプライベートを盗み見るなんてしない。まして、手嶋さんの……」
 
「オレのプライベートが何だって?」
 
「すみません何でも無いです!!」
 
 反射的に謝りながら振り返ると、戸口に寄りかかって腕を組んだ手嶋さんがいた。青八木さんは……いつのまにか、着替えて出て行ってしまったようだ。全く、いつ何時も徹底的に音を出さない人だな。
 
「あれ? 鳴子が持ってるの……それ、見た事あんなあ」
 
 いや、見た事あるというか。手嶋さんの日記の鍵でしょう。そう言うと手嶋さんは、きょとんとした顔をした。そして幾ばくか首を傾げると、見せてみろと鍵を取り上げて、電灯にかざし、裏返し、表返し、大きく何度か頷いた。
 
「これ、公貴の持ち物じゃねーかな?」
 
 オレたちはそれぞれに困惑した声を出したが、手嶋さんにはどうも、確信があるらしい。青八木さんに聞いたと言っても、それは似たものと勘違いしているだけだと。そして、古賀さんの家で、同じデザインが施された箱を見たという。
 
「すっげー良い箱じゃん、って言ったんだけど。……中身、見せてもらえなかったんだよな」
 
 でも、勝負時になったら絶対に開けて、身につける。そういうものが入っていると、言っていたらしい。お守りのようなものだろうか? グローブ? ヘルメット? もしくはジャージ? オレたちが予想を口にしても、手嶋さんは冗談みたいな返ししかしない。結局、気になるなら本人に見せてもらえ、とだけ残して去ってしまった。もちろん、着替えその他主将としてのルーティンも、全て済まして。あんなに喋りながら、どれだけのことをこなすんだ、あの人は。
 
「勝負メガネや……」
 
「は?」
 
 鳴子があまりに真剣な顔で呟くので、つい強い調子で聞き返してしまう。しかし鳴子は怯まず、自転車関連のものでなかったら、それしかないと力説する。きっと真っ赤でかっこエエ眼鏡なんや、本人に聞いて証明したると、自信満々である。しかし、古賀さんから返ってきた答えは、もっと意外なものだった。
 
「お前ら、あいつら2人に担がれたな」
 
 なんと古賀さんは、青八木さんと手嶋さんの2人が言った事自体、まるっきり嘘だと主張したのだ。そして、鍵の持ち主は、青八木さん。
 
「巻き込まれたのが尺だから暴露してしまうが、あいつは『見せられない絵』を鍵をかけてしまってるんだ」
 
 それを言えなかったから、嘘を察して乗ってくれそうな手嶋の名前を出したのだろうと。たまたまふとした拍子に知って、面倒だから深入りはしなかったが……古賀さんは勝手に、その絵の集まりを「黒歴史画集」と呼んでいるそうだ。本人に直接聞いた訳ではないから絵の内容は知らないが、とにかく隠しているから恥ずかしいのでは、と。全然想像がつかない…。
 
「青八木さんにも、そういう物があったなんて…ボク、親近感が湧いてきたよ!」
 
 小野田は小野田で、自分に近しい何かを想像しているようだが……、いや、ちょっと待て。
 
「おい。これ……誰が本当の事を言ってるんだ?」
 
 先輩達は三者三様、それらしいような、そうでもないような主張をして去っていってしまった。しかしよく考えれば、だが何れが真実であろうと、鍵を掛けるということは、他人から隠したい秘密ということなのだ。だったら、自分の秘密を守るため嘘をつくのも、友人の秘密を守る為嘘をつくのも……何らおかしなことではない。
 
 嘘をついた2人は、きっと頑として本当のことを言わないだろう。なら、これは、誰に返せばいいんだ。だったら確かめる方法は、ひとつしかないじゃないか。
 
 
 
「……この鍵、使てみるか?」
 
 
 オレたちは3人揃って、ごくり、と良心を飲み込んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
***
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「はじめも案外、人が悪いじゃないか」
 
「遊び心が有るって言えよ。な、青八木?」
 
「うむ。思ったより綺麗に騙されてくれた」
 
 やはり、騙す意識が有ったんじゃないか。あの、マジメだった青八木一が……。全く、純太はどういう教育をしているのか。
 道の上、一列にロードバイクを走らせるオレたちは、既にダムを周回するところまで入っていた。あの1つ下の後輩たちは……まだ悩んでいるのだろうか……。騙されているのは哀れだ。しかし、こうとなっては、真相を知らずに悩んでいた方が幸せかもしれない。
 
 何せ、”真相”なんてものは、存在しないからだ。あの鍵で解錠できる、鍵穴も。あの鍵で封じ込めた秘密も。何も存在しない。なぜなら、アレは青八木一が趣味でこしらえた、作り物だからだ。オレたちはそれを知らなかったが、なんとなく嘘のリレーを回してやろうと適当を言ったのだ。振り返ると、なかなかのチームワークだった。
 
「しかし…… 鍵穴を持たない鍵は、果たして鍵と呼んでいいのか?」
 
 なかなか哲学的な問いだな、と青八木。じゃあ鍵穴も作っちゃえば、と手嶋。漏れた笑いは、波の様に伝染する。見上げた空には雲一つない。この調子で鍵穴も無いのだ……。
 駄目だ、もう何を見ても面白い。

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