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今はだれが持っているんだろうか
最初はたぶん委員長。ここは間違えていないと思う。
そこからは、どうなんだろう人じゃなくて愛車ってことになるのだろうか、それとも坂か?
「なにを考えている、真波」
「あれ、東堂さん」
いつの間にオレ抜かされましたか、とペダルをこぐ足に力を入れるとその分東堂さんも同じくスピートをあげてしまってその差が縮まらない。ただ、レースは最後の最後に前にでればいいのだから、些細なことだ。
「あれじゃない。ちゃんと気を入れて走れ。自分がどれだけのスピードでどんな場所を走っているか把握しろ」
「してますよー。はい、次右にカーブ」
「そういう大雑把なことを言ってるのではない」
そもそもおまえは、と東堂さんが説教モードに入りそうになるのに面倒くさいと、足に力を込める。
「じゃあオレ先に行ってますね」
「おいこら真波!オレの話をちゃんと聞け!」
「そのうち聞きますー」
気が向いたらね、と口の中だけで答えたのだが勘の良い東堂さんにはすぐに読みとられてしまう。
「聞く気がないな」
「違いますよ。東堂さんの話は聞いてますでしょ」
そんなことを喋りながらも、スピードを上げたオレに東堂さんはぴたりと併走する。コースを読み間違えて少し大回りをしてしまったり、風が気持ちよく吹いて身体がふわりと浮くような走りになっても、平然とした顔でペダルを回す。
「比較的、だな。真波、頂上まで勝負だ」
後少しで頂上、というところで東堂さんの纏う雰囲気が一気に変わる。その背中を追って、オレも叫びながらペダルを踏む足に力を込める。
「東堂さんずるい!今、自分のタイミングだった」
「ずるくないぞ。これが勝負だ」
楽しそうに笑って、オレの前を走る。
「負ける気はしませんけどね」
「よく言った。が、勝負と名が付けば負ける訳にはいかん」
ふっとその口が引き締められたのに、オレも集中する。前へ、誰よりも前へと身体を運ぶ。負けたくない負けるわけにはいかない、ふっとそんなことを思った瞬間に、呼吸がぐっと苦しくなる。
空気が動いた気配に顔をあげると、東堂さんが音もなくオレの前を走り抜けていった。
「あ、ああ……」
負けた、とゴール地点に設定していた場所を走り抜けながらうつむいて荒く乱れた息を整える。
「真波」
「やっぱり東堂さんは早いですね」
「馬鹿者。そんな顔で言われても何も嬉しくない」
かお、と自分では見えないもののことを言われて東堂さんを見返すと、ばしんと音を立てて背中を叩かれる。
「痛い」
「痛くしたのだ、当然だな」
そのふてぶてしいくらいの得意げな顔を見て、変わらないこの人にふっと息を吐く。
「東堂さん」
そんな先輩の名前を呼ぶと、すいっとその背中が伸びる。
「お前に言ったことを覚えているか?」
「……どれのことですか?」
「どれだと思う?」
わからないはずはないだろう、と堂々としたその態度で示されて、それ以上の質問が出来なくなる。
「ずるい」
「ずるくない。時々は頭を使え」
「時々でいいんですか?」
「考えるべき時は考えなければならんが、ずっと考え続けるのはお前は向いていない」
「だからいいんですか?」
「だが、今は考えて答えを出す時だ。さあ、考えろ」
待っててやるから、と優しすぎるくらいの声と表情にバランスを崩しそうになって、慌てて止まる。
ちょうど良い、そこで休憩をしようと東堂さんが進むのに、黙ってついていきながら言われたとおりに考える。自転車から降りて、座って、ボトルを握らされたのに無意識で口を当てて、飲む。水分が身体にじんわりを染み渡るのに、ふっと顔を上げる。
「東堂さん」
なんだ、と同じように座ってボトルを逆さまにしていた東堂さんが身体の向きをかえる。言おうとした言葉がうまく出てこなくて、口を開けたり閉じたりしていると、慌てなくて良いと宥められる。
「聞いてやる」
「あのね東堂さん、オレ山をのぼっている時が一番好きです」
「うん」
わかってる、と頷かれてそれに嬉しくなって言葉を続ける。
「一人でのぼるのももちろん好きだけど」
一人じゃないのも最近は良いと思えるんです、と東堂さんをみると微笑む目が目があった。
「そうだな」
「東堂さんも、鍵を開けてくれた人です」
口にしたら自分でもすっと納得できて、嬉しくなる。うん、そうだもっと早く気づいても良かったのに今気づくなんてどういうことだろう。
「なんだ、唐突に」
ぱちりと目を瞬かすと、それでも楽しそうに声を上げて笑ってくれる。なるほど、なるほどなと一人で頷くとじゃあ次の持ち主を知らねばならぬなと立ち上がる。
「つぎ?」
「オレが開けた分は、もうお前は進みきってしまっただろうからな」
何も説明しないのに、そのまま話を続けていく東堂さんに今度はオレが目を瞬かす。
「なんの話ですか」
「おまえが言い出したんだろうが。まあ、そうだなあえて言葉にするのであれば、成長の扉、かな」
「ふうん」
「なんだ、納得いかないか?」
愉快そうにオレの顔をのぞき込んでくるのに、首を振る。
「東堂さんが言うなら、そうなんでしょうねえって」
「思うのか?」
「感じますね」
「なるほど」
おまえらしい答えだ、と頷いてくしゃりとオレの髪を掴む。
「東堂さんが開けてくれたのは、もうおしまい?」
「そうじゃないか?おまえはもう次の鍵を開けて貰っているだろう」
そういう東堂さんを見上げると、日の光が眩しくてその表情がはっきりと見えない。見えないが、でもなんとなく感じる。
さあ行け、と背中を押されてその次の鍵の持ち主に心を馳せる。
誰が次の扉を開けてくれるのだろう。